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耳鼻咽喉科専門外来のご案内

病院レター第98号 2022年5月1日

耳鼻咽喉科医長 鈴木宏和

 国立長寿医療研究センター耳鼻咽喉科は常勤医師2名の体制で診療を行っています。聴覚、嗅覚、味覚を中心とした高齢者の耳鼻科感覚器医療の充実を図っています。聴覚では高齢者の補聴器装用について長年取り組んできました。嗅覚味覚においても、加齢と認知機能低下に伴う嗅覚味覚障害の実態把握と対策について研究をしています。
 今回は耳鼻咽喉科が行っている専門外来についてご紹介させていただきます。

1.補聴器外来について

 加齢性の難聴は高音から聴力が低下してくることが多く、聞き間違いや聞き逃しを起こすリスクがあります。さらに難聴が進むと、音の弁別能も低下し、「何か聞こえるが、言葉が聞き取れない」という状態が起こることもあります。国立長寿医療研究センターが以前行った老化に関する長期縦断疫学研究(NILS-LSA)では、地域住民において、70代の5人に1人、80代では3人に1人以上が日常生活に支障をきたす中等度以上の難聴を認めました。しかし補聴器を装用していた人はそのうち1/3程度でした。日本では補聴器適合判定医、補聴器相談医の医師資格や、認定補聴器技能者、補聴器専門店など補聴器業者の認定制度がありますが、まだまだ数的にも充実しているとは言い難く、補聴器の普及率や装用の満足感は欧米に比べて著しく低いのが現状です。また難聴は認知機能低下と関連があることがよく指摘されています。2017年Lancetの報告では、難聴が修正可能な認知症危険因子の筆頭に挙げられ(図1)、2019年のWHOによる認知症予防ガイドラインにおいても、高齢者に対する難聴スクリーニングと補聴器導入が推奨されました。当科でも高齢者の難聴に対し補聴器装用を積極的に勧めています。補聴器使用により認知症予防が可能かどうかはまだ結論がでていませんが、NILS-LSAの参加者においては、中等度難聴がある補聴器装用群は非装用群と比べると認知障害に抑制的な効果を有する可能性がみられました。

(図1)認知症発症に寄与する因子

 補聴器外来では補聴器の有効性を確認してから購入するように勧めています。2週間から2ヶ月くらいかけて、いくつかの機種の試聴を行ってから購入を決める場合が多く、補聴器は必要時のみ装用するのではなく、日中なるべく長時間装用するように指導しています。ボリューム操作や電池交換に苦労する場合は、ご家族と一緒に受診していただくように勧めています。補聴器外来ではファンクショナルゲイン、音場語音検査、補聴器特性検査などの検査を行って補聴器の調整を行います。また2021年より聴性定常反応検査(ASSR)を導入し、たとえうまく聴力検査のボタンが押せない人でも客観的に聴力評価ができるようにもなりました。補聴器は装用した瞬間からすぐよく聞こえるようになるわけではなく、最適に会話音が聴取できるように、少しずつ補聴器の度を上げていき、不快感をなるべく慣らしていくフィッティングに時間がかかります。ふだんの生活では、テレビのニュースを字幕に頼らず、補聴器を装用して聴き取る練習や、記事を音読して自分の声を聴き取る練習を勧めています。さらに補聴器購入者で希望される方には聴覚リハビリテーションも行っています。週に1回20分~40分、約3ヶ月間、補聴器を使用して聴き取りの訓練をマンツーマンで行います。補聴器装用の意欲の向上と、追唱の改善の可能性があり、好評を得ています。難聴は放置しておくとコミュニケーションの障害や社会活動の低下を招く可能性がありますので当科の補聴器外来をご利用ください。補聴器外来を通して購入される場合には、医療費控除の書類をお渡しできるメリットもあります。

2.嗅覚味覚外来について

 嗅覚障害は視覚や聴覚の障害と比べて周囲から気づかれにくく、いつからの症状かはっきりしないことが多い特徴があります。嗅覚は一般に60代から低下し、加齢性の変化と考えられています。米国の統計では60代では約17%、70代では約30%、80歳以上では約60%に何らかの嗅覚障害があると推定されています。しかし直接の生活の支障にはならないことから、嗅覚低下で受診される方はまだ多くありません。また高齢者の嗅覚障害は認知機能低下とも関連があり、アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患では、早期発見のバイオマーカーとして嗅覚低下が指摘されています。日本鼻科学会による嗅覚障害診療ガイドラインにおいても、神経変性疾患の鑑別診断、認知症発症の予知にも嗅覚検査が有効と推奨されています。当センターの嗅覚味覚外来では、嗅覚について基準嗅力検査(T&Tオルファクトメトリ:T&T)、カード式嗅覚同定検査(オープンエッセンス:OE)などの精密検査を行っています。また副鼻腔CTで副鼻腔炎の有無、頭部MRIで嗅球や海馬などの脳萎縮がないか確認しています。もの忘れの可能性がある場合には認知機能のアンケートも実施します。

 また嗅覚は味覚とも密接な関連があり、本人は味がおいしくないと思っていても、実は嗅覚が低下していて、風味がわからないこともあります。このため味覚検査を行う場合、嗅覚検査も確認するようにしています。当センターの研究において外来受診者の嗅覚検査ではOEスコア、T&Tの認知域値ともに年齢が上昇するにつれて悪化し、においの同定機能が低下していました(図2)。これは「何かにおうが、何のにおいかが答えられない」ことを反映していると考えられます。さらに認知機能低下があるとさらにこの症状が顕著になりました。高齢者の嗅覚障害に対して決まった治療法はまだありませんが、海外では、高齢者に5か月間嗅覚トレーニングを行った群は、対照と比較して嗅覚の域値と識別能力が改善したとの報告もあり、当科でも積極的に嗅覚トレーニングを指導しています。

 近年COVID-19感染症による嗅覚障害も注目されています。これはウイルスによる嗅粘膜上皮の障害が考えられていますが、改善する場合と改善しない場合があり、まだ病態の解明は
されていません。当センターで嗅覚を主訴に受診される際に、コロナウイルス感染歴や疑われる場合は、職員の感染予防のために発症2か月後の受診をお願いしています。

(図2)嗅覚検査と年齢の関係 ※年齢が上昇するにつれて嗅覚同定能の低下がみられた

3.感覚器外来について 

 感覚器機能の障害は、高齢者の生活機能や認知機能を低下させ、高齢者の自立を大きく妨げるリスクがあります。当センターでは高齢者の感覚器機能について、定量的指標による評価方法や最適な治療・介入方法を構築することを目標として、耳鼻科は眼科と協力して感覚器外来を行っています。耳鼻科では、高齢者を対象に、聴覚、嗅覚、味覚、平衡覚の感覚器評価を行っています。嗅覚や味覚のように、自覚と実際の評価が異なる場合も有り、その後、補聴器外来、嗅覚味覚外来でフォローしていくケースもみられます。年齢も加味した五感の評価を希望される方に受診をお勧めしています。 


長寿医療研究センター病院レター第98号をお届けいたします。

 最近、難聴と認知症の関連が注目され始めています。国内外の研究で、難聴のために音の刺激が脳に伝えられにくくなると、神経細胞のアポトーシスが進み、それが認知症の発症に大きく影響することが明らかになっています。さらに難聴のためにコミュニケーションがうまくいかなくなると、人との会話を避けるようになり、それが抑うつ状態に陥ったり、社会的に孤立してしまうリスクを大きくしますが、それらもまた認知症の発症・進行につながると考えられています。当院の補聴器外来では、ASSR の導入によりボタンが押せない人でも客観的な聴力検査を可能にし、また言語聴覚士の配置により聴覚リハビリテーションを行うなど、補聴器装用後もきめ細かい対応を行っています。

 COVID-19の初発症状として、嗅覚・味覚障害が注目されていましたが、かかりつけの先生へ受診される時の理由としては多くないと思います。ただ、「においがしない」、「味がわからない」と悩んでおられる人は必ずいらっしゃると思いますので、そういった場合は当センターへの感覚外来への受診をご検討いただければと思います。

病院長 近藤和泉