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当院における鼠径部ヘルニア手術の取り組み

病院レター第95号 2021年11月1日

消化器外科医師 鈴木優美

 日頃当院と連携して患者様の診療にあたっておられる開業医の皆様に御礼申し上げます。2021年7月1日から名古屋大学附属病院より、当院消化器外科に赴任しました鈴木優美と申します。当院消化器外科では消化器悪性腫瘍(胃癌、大腸癌など)だけでなく、良性疾患(急性虫垂炎、胆嚢結石症、大腸憩室炎など)についても広く腹腔鏡下での手術をおこなっております。今回は消化器外科疾患の中でも疾患頻度の高い、鼠径部ヘルニア手術の中でも、主に腹腔鏡下手術に関する当院での取り組みにつきご紹介させて頂きます。

1.鼠径部ヘルニアの疫学

 鼠径部ヘルニアは鼠径ヘルニア(外鼠径ヘルニア・内鼠径ヘルニア)と大腿ヘルニアを合わせた疾患群の総称です(図1)。日本外科学会が公表している日本の医療統計の一つであるNCD(National Clinical Database)の5年間の手術件数では毎年14万人程度の方が鼠径部ヘルニアに対する手術治療を受けており、日本でもっとも施行例の多い外科手術となっています。鼠径部ヘルニアは小児期に手術を受ける人もいますが、日本では15歳以上に対する手術が全体の9割を占めており、さらに成人の鼠径部ヘルニア全体でみると多くの方が65~80歳の間に手術を受けているという事実があります。また別の報告では、ヘルニアに関して生涯に鼠径ヘルニア根治術を受ける割合は男性27%、女性3%という報告もあり、消化器外科疾患の中でも非常に頻度の高く、かつ高齢者に多い疾患であることが分かります。

図1:鼠径部ヘルニアの発生部位(日本臨床外科学会ホームページより)

2.鼠径部ヘルニアの手術適応

 成人鼠径部ヘルニアに自然治癒はなく根治は手術によって得られますが、嵌頓すれば生命に危険を及ぼす絞扼を伴うことが多いため、基本的には全例手術適応とされています。嵌頓の発生は年間で1 . 8 人/ 1000 人と少なく、その多くはヘルニア発症から3 ヶ月未満で5 0 歳以上の患者に多いと言われています。しかし、実際には嵌頓に至らなくても男性の場合ではヘルニアの脱出が大きくなってくると陰茎がヘルニアに引っ張られ、排尿がしにくい、違和感や痛み、しびれといった症状が出る方も多く認めます。そのため、高齢者かつ無症候性であったとしても、その後脱出が大きくなってきた際に生活面での支障をきたすことが十分予想されるため、基本的には手術をおすすめしています。

 3.鼠径部ヘルニアの手術について

 成人鼠径部ヘルニアの手術では、基本的にはメッシュを用いたヘルニア修復部に緊張をかけない修復法(tension-freerepair)が望ましいとされています。鼠径部ヘルニアの術式には大きく前方アプローチ(鼠径部切開法) 、後方アプローチ(腹膜腔アプローチ[transabdominal preperitonealrepair:TAPP]、腹膜外腔アプローチ[totally extraperitoneal repair:TEP])による修復術があります。そのうち当院では鼠径部切開法とTAPPを行っています。TAPPの利点としては図2・3にお示しする通り、

  1. 整容性に優れている(創が完全に治ればほとんど手術痕が残らない) 、
  2. 腹腔内からヘルニア門を確認するため比較的小さなヘルニアでも確認が容易である、
  3. 両側例においても創の大きさが変わらない、
  4. 内外鼠径ヘルニア・大腿ヘルニアのいずれの発生部位も一度の手術で補強ができるという点

が挙げられます。また、TAPPにおけるポートの留置位置は不潔になりやすい鼠径部から離れた場所である上に腹腔内での操作となるため、術後の創感染やメッシュ感染のリスクは鼠径部切開法より低いとされています。TAPPは基本的には全身麻酔となるため、全身麻酔のリスクが高い方には脊椎麻酔、または局所麻酔下にて施行可能な鼠径部切開法をおすすめしています。鼠径部切開法では近年on step法という、新しいタイプのメッシュを使用したすべての鼠径部ヘルニアに対応可能で術後疼痛が少ない修復術が導入されてきており(図4)、従来のmeshplug法やrehitenstein法、Kugel法に加えてこのメッシュを使用した手術も可能です。TAPP・前方アプローチとも術翌日には通常の生活が可能であり平均の入院期間は3日程度と短いため、高齢者手術の問題とされる入院を契機としたADL低下はほとんど起きないことが多いです。

図2:TAPPと鼠径部切開法の手術創の比較

図3:TAPPにおけるメッシュを用いた
修復図(図は外鼠径ヘルニア例)

 

図4:on step法で使用するメッシュと修復図

4.おわりに

 鼠径部ヘルニアは無症候性の場合も多いため軽度な疾患と考えられがちではありますが、高齢者に頻度の高い疾患であり、脱出が大きくなった場合に日常生活に大きな支障を与えるだけでなく、ヘルニアの脱出を契機として、歩行のしにくさや排尿トラブルといったAD L 低下にも結びつきやすい疾患と考えられます。まれに嵌頓による生命のリスクをきたすという点や、手術後の回復が早く手術による身体機能の低下をきたしにくいという点からも、当院では積極的に鼠径ヘルニアに対する手術に取り組んでおります。
 地域の先生方におかれましては当院の高齢者の医療に対するご支援・ご協力をたまわり感謝申し上げます。今後ともどうぞ宜しくお願いいたします。

参考資料

  1. 日本外科学会:2017 年National Clinical Database 年次報告書
    (https://www.jssoc.or.jp/other/info/index.html)
  2. Primatesta P, Goldacre MJ : Inguinal hernia repair. Incidence of elective and emergency surgery, read mission and mortality. Int epidemiol 1996 ; 25 : 835-839.
  3. HerniaSurge Group. International guidelines for groin hernia management. Hernia. 2018;22: 1-165.

長寿医療研究センター病院レター第95号をお届けいたします。

 今回は外科手術におけるcommon disease である鼠経部ヘルニアとその外科的治療法について執筆していただきました。鼠経ヘルニアというと小児に多いというイメージがあったので、高齢者との比率は半々くらいかと思っていたのですが、手術件数という点からは圧倒的に高齢者に多い疾患であると再認識しました。無症状のことも多いため軽い疾患と考えられがちですが、筆者も述べているように、日常生活に支障をきたすことがあること、またひとたび嵌頓を起こすと重篤になりうる点では注意が必要です。
 当センターでは安全で術後のADL を考慮した外科手術を心がけています。今後もよろしくお願いいたします。

病院長 鷲見幸彦