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骨代謝の機能制御における経口摂取の重要性に関する基礎的検討

ー骨芽細胞の細胞移動に対する消化管ホルモン インクレチンの増強作用ー

病院レター第93号 2021年7月20日

代謝内科部長 德田治彦

1.はじめに

 超高齢化社会を迎えた我が国において、フレイルの基礎疾患の一つである骨粗鬆症の予防は非常に重要です。代謝内科は、認知症・フレイルに強くかかわる代謝疾患を専門的に診療・研究する部門として、糖尿病とともに骨粗鬆症の予防・治療法の研究に注力してきました。今回は、骨粗鬆症の予防にかかわる私共の最近の知見1)を紹介したいと思います。

2.骨のリモデリングと骨芽細胞の細胞移動

 骨組織は破骨細胞による骨吸収と骨芽細胞による骨形成を繰り返して再構築されており、この過程を骨リモデリングといいます。骨リモデリングは様々なホルモンや局所因子により巧緻に制御されていますが、骨折治癒の遅延や骨粗鬆症など代謝性骨疾患は、この制御機構の破綻に起因します。骨芽細胞は様々な骨吸収因子の受容体を有し、破骨細胞を介した骨吸収をも制御しており、骨リモデリングの機能調節において中心的な役割を担っています。破骨細胞による骨吸収窩への骨芽細胞の細胞移動は、生理的な骨代謝に加えて骨折の治癒過程等の病態においても重要であると考えられております。骨基質内に埋蔵された血小板由来成長因子(platelet-derived growth factor; PDGF)は骨吸収や骨折や骨吸収の際に遊離され、骨芽細胞の細胞移動を促進し、骨リモデリングや骨折治癒において重要な役割を果たすことが知られています。一方、glucagon-like peptide-1(GLP-1)およびglucose-dependent insulinotropic polypeptide(GIP)として知られるインクレチンは、小腸の腸管内分泌細胞より経口摂取に応じて分泌され、膵島β細胞のインスリン分泌を促進し血糖制御に重要な役割を果たしていますが、最近、骨代謝の機能調節にも関与することが報告されました。そこで、PDGF刺激による骨芽細胞の細胞移動に対するインクレチンの作用およびその機序を解析しました。

3.骨芽細胞におけるPDGF刺激による細胞移動に対するインクレチンの作用とその機序

 新生仔マウス頭蓋冠より株化された骨芽細胞様MC3T3-E1細胞において、GLP-1(100nM)は、単独では細胞移動に影響しませんでしたが、PDGF-BB(0.3 ng/ml)により惹起される細胞移動を増強しました(図1)。この作用は10nMから100nMの範囲で用量依存性を示しました。
GIPにも同様の作用を認めました。さらに、ヒト由来骨芽細胞NHOstにおいてもGLP-1(100nM) はPDGF-BB(0.3ng/ml)により惹起される細胞移動を増強しました(図2)。

図1 経時的に観察したMC3T3-E1細胞の細胞移動 
PDGF-BBによる細胞移動に対するGLP-1の促進作用を示す

図2 経時的に観察したNHOstの細胞移動
PDGF-BBによる細胞移動に対するGLP-1 の促進作用を示す

 インクレチンは細胞膜上の受容体を介してアデニル酸シクラーゼを活性化し、cAMPをセカンドメッセンジャーとしてprotein kinase A(PKA)を活性化して作用することが知られています。骨芽細胞様MC3T3-E1細胞において細胞透過性cAMPアナログである8-bromo cAMP(1mM)およびBt2cAMP(1mM)はPDGF-BB(0.3ng/ml)により惹起される細胞移動を増強しました(図3)。
また、NHOstにおいてもBt2cAMP刺激における同様の作用を確認しました。骨芽細胞様MC3T3-E1細胞において、PKA阻害薬であるH89(7μM)はPDGF-BB(0.3ng/ml) により惹起される
細胞移動には影響しないが、GLP-1(100nM)によるその増強作用を抑制しました(図4)。H89はGLP-1刺激による細胞質画分中のCREBのリン酸化を抑制することを確認しました。

図3 MC3T3-E1細胞におけるPDGF-BB による細胞移動に
対するcAMP アナログの促進作用を示す

図4 MC3T3-E1細胞におけるPDGF-BBによる細胞移動に対する
GLP-1の促進作用およびH89の抑制作用を示す

 骨芽細胞様MC3T3-E1細胞において、PDGF-BBによる細胞移動にはp44/p42 mitogen-activated protein kinase(MAPK)、p38 MAPKおよびstress-activated protein kinase/c-Jun N  terminal kinase(SAPK/JNK)の活性化が関与することをすでに報告していますが(2,3)、p44/p42 MAPKの阻害薬であるPD98059およびSAPK/JNKの阻害薬であるSP600125は、PDGF-BB(0.3ng/ml)により惹起される細胞移動に対するGLP-1(100nM)の増強作用に何ら影響しませんでした。一方、NHOstにおいて、p38 MAPKの阻害薬であるSB203580(20μM)はPDGF-BB(0.3ng/ml) により惹起される細胞移動に対するGLP-1(100nM)の増強作用を抑制しました(図5)。また、MC3T3-E1細胞において、GIPは10nMから100nMまで用量依存性にPDGF-BB(0.3ng/ml) により惹起されるp38 MAPKのリン酸化を増強しました(図6) 。

図5 NHOstにおけるPDGF-BBによる細胞移動に対する
GLP-1 の促進作用およびSB203580 の抑制作用を示す 

図6 MC3T3-E1細胞におけるPDGF-BBによるp38 MAPKの
リン酸化に対するGIPの増強作用を示す

4.成長期マウス大腿骨骨端線の骨芽細胞のRhoA 発現に対するインクレチンアナログ全身投与の影響

 成長期にあるC57BL/6マウス(離乳後10日)の大腿骨骨端線において、骨棘はほぼ完全にオステオカルシン陽性を示す骨芽細胞により覆われていました。これらの骨芽細胞では細胞質および細胞表面に中程度のRho Aを発現していました。GLP-1アナログであるexendin-4(エキセナチド; バイエッタ®)全身投与の1時間後には、一部の骨芽細胞表面においてRho A発現が増強され始め、2時間後には大部分の骨芽細胞表面および細胞質双方のRho A発現が増強されました。また細胞表面のRho A発現増強部位とアクチンフィラメントの存在部位は部分的一致が見られ、アクチンフィラメントはexendin-4の投与から時間依存的にその発現が増強されていました(図7)。

図7 成長期マウス大腿骨骨端線の骨芽細胞におけるRho A の発現に対するエキセナチド全身投与の影響
(A) 骨棘(*)表面はオステオカルシン陽性細胞(骨芽細胞、矢印)で被われている
(B-D) 緑に染まるRho Aは経時的に骨棘(*)表面すなわち骨芽細胞にその発現が増強される
(E-G) 緑に染まるRho Aは赤に染まるアクチンとその発現部位が部分的に一致する(矢頭は一致するエリアを示す)青は細胞核を示す

5.考察

 インクレチンは単独では骨芽細胞の細胞移動に影響しないが、PDGF-BBにより惹起される細胞移動を増強することが明らかとなりました。また、8-bromo cAMPおよびBt2cAMPがインクレチンの作用を模倣したことおよび、H89がインクレチンの作用を抑制したことから、インクレチンはアデニル酸シクラーゼ/cAMP/PKA経路を介して骨芽細胞の細胞移動を増強することが示唆されました。さらに、PDGF-BBによる骨芽細胞の細胞移動に促進的に関与する3つのMAPキナーゼのうち、p38 MAPKの阻害薬であるSB203580のみがGLP-1の増強作用を抑制したこと、GIPがPDGF-BB刺激時のp38 MAPKのリン酸化を増強したことから、インクレチンはPDGF-BBにより惹起されるp38 MAPK活性化の増強を介して作用していると考えられました。成長期のマウスを用いた検討では、exendin-4の全身投与が骨端線骨棘表面の骨芽細胞でのRho-A発現を増強させ、その存在部位がアクチンフィラメントに部分的に一致していることが示されました。Rho-Aはミオシン軽鎖およびアクチン重合を介して細胞骨格の再構築を促進し、細胞移動を制御する主要な低分子量GTP結合蛋白質であること4)より、この知見は骨代謝が亢進した状態ではin vivoにおいてもインクレチンが骨芽細胞の細胞移動を増強する可能性を強く示唆するものと考えられます。
インクレチンは、経口摂取に伴って小腸の腸管内分泌細胞より分泌されることがよく知られています。今回得られた知見は、生理的な骨リモデリングや骨折治癒において重要なプロセスである骨芽細胞の細胞移動が、経口摂取と密接に関連していることを強く示唆するものと考えられます。これは特に高齢期の骨代謝の機能制御における経口摂取の重要性を強く示唆するものです。今回動物実験で使用したエキセナチドをはじめGLP-1アナログ製剤は、すでに2型糖尿病の治療薬として広く使用されており、私共の知見は既存薬再開発(drug repositioning)の観点からも注目に値するものと考えられます。以上のように、今回の知見は、骨粗鬆症予防からフレイル予防に至る新しい視点を加える研究成果です。

6.結語

 培養骨芽細胞および動物実験により、消化管ホルモンインクレチンの骨芽細胞の細胞移動に対する増強作用が明らかにされました。インクレチンは経口摂取に伴って分泌されることから、適正な骨リモデリングの機能維持、ひいては骨粗鬆症の予防において、経口摂取が重要であることが強く示唆されました。
この研究成果の一部は、長寿医療研究開発費(26-12,28-9)の助成によるものです。 

引用文献 

  1. Kawabata T, Tokuda H, Kuroyanagi G, Fujita K, Sakai G, Kim W, Matsushima-Nishiwaki R, Iida H, Yata K, Wang S, Mizoguchi A, Otsuka T, KozawaO. Incretin accelerates platelet-derived growth factor-BB-induced osteoblast migration via protein kinase A; the upregulation of p38 MAP kinase, Sci. Rep. 2020;10:2341. doi: 0.1038/s41598-021-02209-8.
  2. Takai S, Tokuda H, Hanai Y, Kozawa O. Limitation by p70 S6 kinase of platelet-derived growth factor-BB-induced interleukin-6 synthesis in osteoblast-like MC3T3-E1 cells. Metabolism. 2007;56:476-483.
  3. Kainuma S, Tokuda H, Yamamoto N, Kuroyanagi G, Fujita K, Kawabata T, Sakai G, Matsushima-Nishiwaki R, Kozawa O,Otsuka T. Heat shock protein 27 (HSPB1) suppresses PDGF-BB-induced migration of osteoblasts. Intern. J. Mol. Med. 2017;40:1057-1066.
  4. Kaibuchi K, Kuroda S, Amano M. Regulation of the cytoskeleton and cell adhesion by the Rho family GTPases in mammalian cells. Annu. Rev. Biochem. 1999;68:459-486.

長寿医療研究センター病院レター第93号をお届けします。

 今回はやや専門的、基礎的な内容ですが、この領域の研究の進歩には目を瞠らされます。最近、腸内細菌の働きが多くの領域で注目されているように、腸管の全身に対する影響が脚光を浴びています。ここでは腸管ホルモンであるインクレチンが糖代謝だけでなく、骨代謝にも大きく関与していることが示されています。また筆者が強調しているように、このホルモンが分泌されるには「経口摂取」によることが重要です。臨床医は(もしかしたら一般の人たちも)口から食べること、口から食べられることの重要性を直感的に感じていましたが、骨粗鬆症の予防に関しても「経口摂取」の価値が再認識されたように思います。またこの領域の研究がすばらしいのは、生理的な機能が明らかにされると治療薬の開発につながりやすいことです。私の専門は中枢神経領域ですが、こちらはなかなかこうはいかず、うらやましい限りです。

病院長 鷲見幸彦