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慢性皮膚炎症性疾患に対する治療の進歩

病院レター第92号 2021年5月20日

副院長
皮膚科 磯貝善蔵

 アトピー性皮膚炎、蕁麻疹、乾癬など慢性に経過する皮膚炎症性疾患は皮膚科診療ではありふれた疾患です。ここ数年、多くの新しい治療薬が保険適応になり治療の幅が広がりました。当センターでもそれらの治療を個々の患者さんの症状や合併症に応じておこなっています。本レターでは慢性皮膚炎症性疾患に対する生物学的製剤等の新しい治療について、全体の位置づけを含めて概説します。

1.ありふれた皮膚炎症性疾患重症例に対する治療の歴史

 アトピー性皮膚炎、蕁麻疹、乾癬などの慢性皮膚炎症性疾患は外観、痒み、鱗屑、不眠などの皮膚疾患固有の苦痛やQOL低下を伴います。従来、上記疾患の重症例への有効な治療は十分でありませんでした。故にアトピー性皮膚炎や乾癬に対して様々な民間療法などの不適切な治療が社会問題になることがありました。しかし近年、これらの疾患に有効な生物学的製剤が開発されてきました。これらの薬剤は各々の疾患の病態の中でキーとなる分子を特異的に阻害することによって、従来の治療に比較して顕著な効果をあげることができます。また、多くの薬剤で市販後一定の期間が経過し、副作用の情報も蓄積されてきています。今回の病院レターではアトピー性皮膚炎、蕁麻疹、乾癬に対する生物学的製剤を含む治療について簡潔に説明致します。当院では重症で必要な患者さんに対して、生物学的製剤を含む治療を安全、かつ効果的に用いることで、慢性炎症性皮膚疾患の治療をおこなう体制となっています。

2.重症アトピー性皮膚炎の治療

 アトピー性皮膚炎は湿疹病変を主とする慢性皮膚炎症性疾患です。潜在的に存在する角層バリア不全から外来アレルゲンが侵入しやすくなり、皮膚の炎症をおこすことが明らかになっています。多くは加齢によって自然に改善しますので、高齢者における重症例は多くありません。しかし、壮年者での重症例はしばしばあります。

 アトピー性皮膚炎の診断は掻痒、特徴的な皮膚病変、疾患の経過によって診断します。診断にあたって除外すべき疾患も多く、また膿痂疹やカポジ水痘様発疹症などの感染症も合併します。血液検査は病勢の参考として行われますが、検査所見だけで診断できることはありません。
 治療はステロイドと保湿剤等の外用治療が基本になります。いつ、どこに、どのように外用するかがポイントになります。また免疫調整作用のあるシクロスポリン内服やタクロリムス外用薬が有用ですが、効果の期待できる症状や病変を選んで用いる必要があります。これら従来の治療に加えて抗体製剤であるデュピルマブ(遺伝子組換え)(Dupilumab)が保険適応になり、一定の重症度を満たし、かつ既存治療に不応性の場合に使用可能になりました。デュピルマブは病態を悪化させる原因の1つであるインターロイキン-4(IL-4)およびインターロイキン-13(IL-13)の働きを抑えることにより症状を改善します。一定の重症度を満たし、既存治療で効果不十分なアトピー性皮膚炎に限って、通常ステロイド等の抗炎症外用薬との併用で使われます。逆に、既存治療がなされていない場合、デュピルマブ単独での治療は保険適応になりません。治療は2週ごとの皮下注射になりますが、多くの患者さんで2〜3週のうちに効果が現れます。最近では関節リウマチで用いられるJAK阻害薬も重症例に限って適応になっています。

3.難治性慢性蕁麻疹に対する治療

 蕁麻疹には急性蕁麻疹と慢性蕁麻疹があります。また、「蕁麻疹様の発疹をきたす別の疾患」がいくつかあります。蕁麻疹以外の疾患を鑑別した後に、原因もしくは誘因のわかる蕁麻疹には個別に対応し、原因を取り除くようにします。しかし、慢性蕁麻疹の多くは明らかな誘因が存在しない特発性のため、第2世代の非鎮静性の抗アレルギー剤が主に使われます。ガイドライン上で、初期治療が無効の場合には抗アレルギー剤の増量や併用が推奨されており、ステロイド内服の適応は限られています。加えて、近年、気管支喘息にも使われている、オマリズマブ(ヒト化抗ヒトIgEモノクローナル抗体製剤、ゾレア®)が使用できるようになりました。IgE抗体に作用してその働きを阻害することで、マスト細胞の活性化を抑制し、蕁麻疹に出現を抑制します。通常の治療に反応しない重症蕁麻疹患者さんには福音となっています。

図1:乾癬治療のピラミッド

4.重症乾癬に対する治療

 乾癬は高齢者にも多い疾患で、鱗屑を伴う紅色局面を特徴とします。時に全身に拡大して紅皮症化したり、付着部炎や関節炎(乾癬性関節炎)をともなうこともあります。乾癬における生物学的製剤の有効性は主に関節リウマチで用いられていたTNF-alpha阻害薬から最初に見出されました。近年では、より乾癬の病態に特異的であるIL-17やIL-23を阻害する生物学的製剤が次々と開発されてきています(文献1)。現在、本邦で乾癬に適応がある生物学的製剤は10を超えるようになっています。しかし、高価かつ様々な副作用もある生物学的製剤がすべての患者さんに適応があるわけではありません。図1に示すように乾癬の治療は原則として外用薬治療から開始し、症状に応じて効果の高い紫外線治療、レチノイド、シクロスポリンなどに移行し、ピラミッドの最上位に生物学的製剤が位置付けられています(文献2)。つまり、すべての乾癬患者に生物学的製剤をおこなうわけではなく、他治療に抵抗性で一定の重症度を満たす例が適応になります。乾癬の生物学的製剤は既存治療を上回る効果が報告されていますが、当院では免疫抑制に伴う様々な副作用に留意して使用する体制を整えています。

5.おわりに

 アトピー性皮膚炎、蕁麻疹、乾癬など慢性皮膚炎症性皮膚疾患への新しい治療を簡単にご紹介させて頂きました。生物学的製剤は重症例に対して非常に有効であるいっぽう、薬剤が高価であることが難点です。さらに副作用の面からも適応患者さんを注意深く選択し、観察する必要があります。生物学的製剤は初診時から適応になるわけではなく、既存の様々な治療をおこなっていることが保険上も求められています。つまり、先行治療がない場合は保険で査定されます。
 しかし、このような効果的な治療法の存在は「切り札がある」ということになり、病院の役割である重症・難治患者への対応の役割を果たすことが可能になります。当院をご紹介いただく際は生物学的製剤による治療も最近可能になったとお話しいただくのがよいと思います。高齢者にとって慢性炎症性皮膚疾患は楽しみである外出や温泉などを躊躇させ、社会活動を制限する場合が多くあります。また、重症な場合は全身状態をともなって発熱や食欲不振をおこします。下肢の病変や随伴する関節症状によって運動器疾患としての側面をもつことがあります。
 このように高齢者では皮膚炎症性疾患の影響を多面的に捉えた診療が必要と考えています(表1)。重症の皮膚炎症性疾患に悩まれる患者さんには十分に選択肢を提示しながら、多面的に苦痛を軽減していくことを心掛けています。

表1 慢性炎症性皮膚疾患が高齢者に与える様々な病態
皮膚の機能の捉え方 慢性炎症性皮膚疾患の影響 該当する皮膚疾患や病態
包括臓器としての皮膚 バリア機能破綻による障害 アトピー性皮膚炎における膿痂疹などの合併
巨大臓器としての皮膚 全身皮膚の炎症による全身状態の悪化 紅皮症化による栄養低下や発熱
社会的臓器としての皮膚 皮膚を介したコミュニケーション障害
温泉や社会活動への躊躇
乾癬の発疹
運動器としての皮膚 炎症性皮膚疾患による浮腫
合併する関節炎の影響
下肢の重症乾癬
乾癬性関節炎
感覚器としての皮膚 痒みという苦痛 アトピー性皮膚炎、蕁麻疹の痒み

図表の説明

参考文献

  1. 乾癬における生物学的製剤の使用ガイダンス(2019年版) 日本皮膚科学会雑誌129(9):1845-64, 2019
  2. 飯塚一、乾癬治療のピラミッド計画 Visual Dermatol 16(9):850-851, 2017 

長寿医療研究センター病院レター第92号をお届けいたします。

 今回は高齢者にも頻度の高い、慢性皮膚炎症性疾患(アトピー性皮膚炎、蕁麻疹、乾癬)とその治療をわかりやすく解説していただきました。治療法の進歩は領域によって差はありますが、この慢性皮膚炎症性疾患の領域の治療法の進歩には目を見張らされます。その一方で筆者がくりかえし指摘しているように、生物学的製剤は適応の上でも医療経済的な面からもけっして乱用すべき治療法ではないことも明らかと思います。患者さんやご家族は(時にはわれわれ医療者も)皮膚の病気というと、皮膚だけの病気と軽く考えてしまうことがありますが、表1はその考えに対して警鐘を鳴らしていると感じました。皮膚はわれわれ人類を守る最強、最大の防御システムでありその破綻は全身に影響を与えることを改めて認識する必要があると思います。難渋する高齢者のかゆみを診療された際にはご紹介いただければ幸いです。

病院長 鷲見幸彦