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高齢者のQOLを守るための眼科診療と治療

病院レター第88号 2020年9月18日 

眼科医師 福澤憲司

 加齢に伴う目の疾患は数多く存在します。高齢化が進む日本において生活の質を守っていくために、「よく見えていること」は非常に大切です。感覚機能の障害は、高齢者の生活機能や認知機能を低下させ、自立した生活を妨げるといわれています。国立長寿医療研究センターでは視機能の改善を通じて、高齢者の自立した生活を守ることを目指しています。

1.白内障

図1 眼内レンズ

 白内障は、水晶体が濁ることで視力が低下する、かすんで見える、眩しく感じるといった症状を引き起こします。加齢が原因であることがほとんどですが、ステロイド薬などによる薬剤性のものや、アトピー性皮膚炎によるもの、外傷によるものなどがあります。
 一度濁ってしまった水晶体は内服薬や点眼薬では改善しません。手術で取り除き、新しい人工の眼内レンズ(図1)と入れ替えます。当院では、年間を通して多くの白内障手術をおこなっています。乱視成分を軽減させるトーリック眼内レンズや、近年登場した保険適応の多焦点レンズも積極的に使用しており、よりよい見え方を患者さんに提供することを目標としています。

2.緑内障

 眼に入ってきた光情報は、視神経によって脳に伝達されます。緑内障は、視神経が徐々に障害されることで視野が狭くなる病気です。眼の硬さである眼圧が高い状態が続き、視神経が耐えうるよりも高くなることで起こるといわれております。一度ダメージを受けた神経は元に戻らないため、緑内障を「治す」ことはできません。
 治療の中心は、眼圧下降薬の点眼により眼圧を下げることです。定期的な視野検査で病気の進行をチェックしながら、点眼薬を組み合わせます。点眼薬でも眼圧下降が不十分であれば緑内障手術を施行し、さらに眼圧下降を目指します。
 近年、非常に小さな創口から手術を行う低侵襲緑内障手術(Minimary Invasive Glaucoma Surgery:MIGS)と呼ばれる手術が開発されており、当院でも施行しております。それでも眼圧下降が得られない場合は、房水とよばれる眼内液を直接眼外へ排出し眼圧を下降させる繊維柱体切除術(トラベクレクトミー)を行っております。
 緑内障の初期から中期は特に自覚症状がないことが多いですが、生活に支障が出ない状態を保つことが非常に重要であり、早期発見および早期治療が大切です。また、緑内障は一生付き合っていかなければいけない病気です。私たちは患者さんが根気よく治療を続けられるようにサポートしていきます。

3.加齢黄斑変性症

 加齢黄斑変性症は現在日本の失明原因の第4位であり、70歳以上の高齢者に限定すると失明原因の第1位となっています。物を見る中心的役割を果たす黄斑部の老廃物を処理する働きが衰え、黄斑部に老廃物が蓄積し、網膜の細胞や組織に異変をきたすことが原因と考えられています。加齢黄斑変性では黄斑に異常な血管(脈絡膜新生血管)が突然発症し、出血を起こしたり、水漏れして網膜浮腫や網膜下液が生じる場合があり、網膜が障害され視力が低下します。
 当院では加齢黄斑変性に対し、抗VEGF(Vascular endothelial Growth Factor)薬を硝子体腔に注射して、新生血管を退縮させ拡大を抑える治療を積極的におこなっています。
 進行した黄斑変性では、残念ながら視力を保つことが難しい場合があります。視力を維持することを目標とする治療なので、早期発見・早期治療が望まれる病気です。ものが歪んで見える、視野の中心が暗く見える、視力が低下する、色がわからなくなってくるなどといった自覚症状があれば、早めに眼科を受診していただくことが重要です。

4.黄斑上膜

 黄斑上膜は様々な原因がありますが、もっとも多い原因は加齢による変化です。物を見る中心である黄斑部の上に膜ができるため、膜越しに物を見ることになり視力低下を生じます。また、この膜が収縮することで網膜を牽引し、網膜に皺を作ったり黄斑浮腫を引き起こすことがあり、そのために物がゆがんで見えたりする場合があります。黄斑上膜は点眼で治すことができずに硝子体手術によって黄斑上膜を除去する以外に膜を取り除くことができません。
 当院では27ゲージ(創口約0.4mm)の細い器具を使用した小切開硝子体手術(micro incision vitrectomy surgery:MIVS)を行っており、低侵襲で安全な治療をおこなっております。

5.眼瞼下垂

 眼瞼下垂とは、加齢により上眼瞼が垂れ下がった状態になる病気です。垂れ下がった上まぶたが視界を邪魔する場合、手術によって治療をおこないます。手術は、皮膚を切開して眼瞼挙筋という瞼を挙上させる筋肉を短縮して、瞼を引き上げます。また、年齢の変化で余った皮膚がかぶさる皮膚弛緩症でも、まぶたが垂れ下がってみえます。この場合も、皮膚を切除することで治療することができます。

6.角膜疾患(角膜移植)

 角膜は、上皮細胞、ボーマン膜、実質、デスメ膜、内皮細胞の5層からなり透明な構造をしています。角膜移植は、疾患や外傷により透明性が失われたり変性することによって、正しく網膜に像を結ぶことが困難な場合に行う手術です。角膜全層を切除しドナー角膜を移植する全層角膜移植や、表層部分のみを切除し移植する表層角膜移植、角膜周辺部に開けた数ミリの切開創から内皮層のみを取り除き移植する角膜内皮移植などがあります。
当院では疾患に対して適応に応じて角膜移植を行っております。

7.先進医療

 角膜の最内層を被覆する一層の角膜内皮細胞層は、角膜組織の含水率を一定に保ち、角膜の透明性を維持するために必須の細胞です。生体内では角膜内皮細胞が通常は増殖しないことが知られており、外傷や疾病、手術などの侵襲によって角膜内皮細胞が広汎に障害されると、角膜の透明性を維持することができなくなり、角膜に浮腫と混濁を生じます。このような状態を水疱性角膜症よび、患者さんのQOLを障害する難治性重症疾患であり、視機能低下をきたす主要原因疾患となっています。これまで水疱性角膜症に対する唯一の治療法は上述した角膜内皮移植でした。しかし、高齢者の増加に伴い水疱性角膜症に罹患した患者の数も今後増加することが予想され、再生医療に大きな期待が寄せられています。
当院では、京都府立医科大学眼科と連携し水疱性角膜症に対する新規治療法として、生体外で培養したヒト角膜内皮細胞を移植するという臨床治験を行っています。

8.おわりに

 常に患者さんに安心して診療、手術を受けていただける環境づくりを目指しております。専門外来制により各分野に特化した高度医療や手術治療を可能にし、最先端機器を用いて外来、手術診療をおこなっております。感覚器センターでは視機能のみならず眼科・耳鼻科領域の五感を健全に保ち、高齢者のQOLを守る包括的な医療サポートを目標にしています。目のことでお困りの患者さんがおられましたら、ぜひご紹介いただければ幸いです。


長寿医療研究センター病院レター第88号をお届けいたします。

 今回は眼科領域の話題です。歳をとると目が見にくくなる、耳が聞こえにくくなる、これは歳のせいだからしかたがない、という時代ではなくなりつつあります。当然のことながら視力低下や聴力低下は高齢者のQOLを大きく損ないますし、認知症や転倒のリスクファクターとしても重要です。高齢者医療と先進医療は縁遠いというイメージがあるかもしれませんが、今回のレターでは感覚器の領域はこの限りではないことがお分かりいただけると思います。
 視力低下が気になってはいるが、なんとなく放置されている高齢者のかたがいらっしゃいましたら一度ご紹介いただければと思います。

病院長 鷲見幸彦