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生活の再建を目指す医療: リハビリテーション

病院レター第75号 2018年7月17日

リハビリテーション科医長
大沢愛子

1.リハビリテーションとは?

 「リハビリテーション科は何をするところだと思いますか?」この問いに明確な答えを持っている人はきっと多くはないでしょう。太陽や水、地熱などを利用した医術は古代ギリシャ時代より存在し、人類は、経験的に運動やレクリエーションが健康の維持や疾患の回復に有効であることを知っていました。これが現在の理学療法や作業療法につながっていますが、翻って現代の一般的なリハビリテーション(以下、リハ)科のイメージといえば、「体を動かしてもらうところ」はまだ良い方で、「電気を当てたり体を揉んでもらうところ」と言われることも未だ少なくはありません。確かに体を動かすと“楽になる”“気持ちいい”と感じますが、本来のリハは、心地良さだけを求めるのではなく、疾病などによる機能障害でうまく動かなくなった脳や体に対し、その原因と問題の程度を知り、いかにそれらを乗り越え“うまく”働かせるようにするかが重要です。すなわちリハ医学は障害をもった人の生活を再建する医学であり、リハ科は、障害や機能低下を個性と捉え、社会の一員として自分らしく尊厳のある生活を送れるよう支援する診療科なのです。本レターでは、リハ科の様々な領域の中から、特に入院医療と在宅生活を繋ぐ仕事をいくつかご紹介します。

2.病院における入院リハビリテーション

 当センターには45床の回復期リハ病棟があり、主に脳・脊髄疾患や整形疾患などによる機能障害で日常生活に問題を生じた場合に入院し、治療を行います。他の病棟と異なるのは、疾病の回復に向けた治療を行うだけでなく、疾病によって生じた障害による身体機能や認知機能の変化に、患者自らが気づき対応できるよう支援しながら活動を再構築していくことです。とはいえ、突然の機能障害を客観的に捉えて受け入れることは簡単ではありません。そこで、機能障害の内容と程度、並びに残存機能を明らかにする目的で様々な評価を実施します。身体機能に関しては、握力や下肢筋力、関節可動域、歩行速度はもちろんのこと、バランス評価、体組成評価なども行います。また実際の歩行場面では、8台のカメラで動作を捉え、モーションキャプチャ技術を生かして動きをコンピューター画面で再合成し、動作解析を行いながら患者にフィードバックして動作の学習を深めます(図1)。認知機能に関しては、Mini-mental State Examinationなどの簡便な検査だけでなく、言語や空間認知、視覚認知、行為、計算、記憶、注意、遂行機能など、脳の機能を様々な側面から詳細に評価します。このように、神経心理学的側面から様々な脳機能の評価を行い、評価結果をもとにリハプログラムを組み立てる技術を持つ施設は全国でも数少なく、当センターが誇る技術のひとつと言えるでしょう。

図1 GRAIL(Gait Real-time Analysis Interactive Lab)での動作解析の例
(左)リアルタイムで動作のフィードバックを行い応用歩行訓練などもできる世界最先端のトレッドミルによる訓練場面
(右)同じ場面の動きをモーションキャプチャ技術でコンピュータ画面上に再現したもの。関節の角度や運動速度、体軸の傾き、
荷重量など、様々な指標を解析できる。

3.入院生活から在宅生活に向けたリハビリテーション

 入院時は寝たきりに近かった患者も、リハが進むと徐々に活動する能力を取り戻し、病棟内の生活が安定します。しかし、リハの目的は在宅や社会への復帰であり、入院中であっても、退院後にどのような生活を送るか、そのためにどのような機能を獲得すべきかが治療の焦点となります。身体機能に問題を持つ患者にとって、日本家屋は段差が多いことに加え、靴を脱ぐ床生活の習慣や入浴の習慣があるため、生活の難易度が高く、在宅復帰の阻害因子となります。このため、在宅復帰の目処が立った時点で、自宅で安全な生活が行えるよう、必要に応じて家屋改修案を提示し、家屋訪問調査を実施します。患者が在宅復帰後に重要だと考える活動は、移動、トイレでの排泄、入浴の順であり1)、家屋訪問調査では、車から玄関までの移動、上がり框の昇降、屋内移動、トイレ・入浴動作、居間の環境などを重点的に評価します。また、担当医師と療法士、介護支援専門員、福祉用具専門業者など在宅復帰後に関わる多くの職種が一堂に会することで、患者や介護者の希望と動作の安全性を直接確認し、連携して退院後のサービスにつなげることができます。回復期リハ病棟を退院後、活動が低下し廃用を来すことが社会問題となりましたが、これらのきめ細かいサービスによって、退院後も患者の活動を入院時よりも向上させ、満足度も高めることができます1)
 在宅生活においては食べることもまた重要です。高齢者の場合、嚥下機能が低下しているところに脳卒中などによる中枢性嚥下障害が加わると、不適切な食材の摂取により高率に誤嚥性肺炎を発症します。特にムセのない不顕性誤嚥は気付きにくく大変危険です。このため、嚥下内視鏡検査や嚥下造影検査を繰り返し行い(図2)、機能に合わせて患者が安全に摂取できる食材を選定します。退院が近づくと、在宅復帰後も安全な経口摂取を継続できるよう、栄養や調理の方法、摂取を控えるべき食材の指導などを行います。

図2 嚥下内視鏡(VE)と嚥下造影検査(VF)所見
(左)VE:梨状窩に残留した液体と唾液があふれ、喉頭から気管に流れ落ちようとしている
(右)VF:液体が梨状窩からあふれ、気管に流入している(誤嚥)

4.在宅生活を維持するためのリハビリテーション

 入院中にいくらリハを行っても、在宅復帰後に機能や能力が低下してしまえば、転倒や判断の誤りによる事故、誤嚥など、患者をより大きな危険にさらすことになります。そこで当センターでは、外来リハだけでなく、介護保険を利用した訪問リハも実施しています。顔見知りの慣れたスタッフが訪問するため安心感や信頼感が得られやすく、通所リハの利用を拒否する患者でも社会的孤立を防ぐことができます。また訪問時に身体機能の評価を必ず行うため、不調や不測の事態が生じた際にも、必要に応じてかかりつけ医や当センターへの受診を促し、重篤な問題をきたす前に医療機関につなぎ、身体機能の維持に努めます。訪問リハの目的は、機能低下・能力低下を持つ人の安全な生活の維持のみならず、自宅や社会での役割の創出や、人生を支えることも含まれます。長年経営した店の店主に復帰したい、夫婦で旅行に行きたい、満開の桜を歩いて見に行きたいなど、患者や家族の夢や希望を叶えるサポートも行います。乗り越えるべき問題は多くありますが、直接現場に出て客観的に状況を分析した上で、リハ科医師を含むチームで相談を行い、専門的な知識を用いて必要な訓練を実施し、一つ一つ、課題をクリアします(図3)。

図3 訪問リハビリテーションの実際
(左、中央)手すりが設置されていても、樹木などが邪魔をして使用できないことも多い。
屋外では決して平坦な道はなく、転倒リスクが跳ね上がる。
(右)高次脳機能障害患者に対する簡便なインスリン注射指示書と環境整備の例

 障害があっても前向きに生きることを支援するという意味では、軽度認知障害(MCI)や認知症高齢者とその家族に対するリハも同様です。当科では、生活機能の低下の重症度に応じて、週に1回1時間、計8クラスの脳ー身体賦活リハビリテーション(脳活リハ)を提供しています。ここでは、活動と役割を創出できるよう、継続的な訓練と環境調整を行っています。また、認知症の行動・心理症状の出現を抑えて、なるべく長く自宅で生活できるよう、介護者に対する介護技術の習得や精神的支援も行います。詳細な脳機能の評価だけでなく、身体機能や併存疾患、薬剤、性格や人生観、価値観、経験、精神状態、生活環境、社会資源の活用状況など、本人と介護者を取り巻くあらゆる側面を個々に評価し、MCIや認知症であっても、残存機能を生かして、介護者と共に心豊かで自分らしい生活を継続できるよう、長期的で専門的なリハを提供しています。

5.おわりに

 本レターでは、病院から在宅まで、幅広いリハの内容について、その一部をご紹介しました。我々リハ科は、疾病の種類や年齢を問わず、障害を持った人に対して、その障害を個性として認め、生活への影響を最小限にとどめるための工夫を行い、より良い生活に再び復帰することを人生を通じて援助する専門科です。本年2月には新外来棟がオープンし、バランスや歩行練習をアシストするロボットや課題志向型上肢訓練ロボットなど最先端技術を駆使した治療から、一人一人の患者と介護者にじっくり向き合い人生に寄り添うような医療の原点とも言えるケアまで、多岐にわたる治療を行っています。もし、障害や機能低下に関することや、日常生活の問題などでお困りの方がいらっしゃれば、ぜひ、当科にご相談下さい。
 最後になりましたが、本レターの作成にあたって、快く訪問リハの写真を提供して下さいましたKさんに感謝申し上げます。また、障害があっても、小さな幸せと笑顔を積み重ねていつも前を向こうと努力し、私たち医療者に人と向き合うことの大切さを教え、障害に立ち向かう勇気を与えてくれる全ての患者さんとご家族に心から敬意を表します。

参考文献

  1. 大宮嘉恵, 他. 住環境整備が ADL 能力, 主観的な遂行度・満足度に及ぼす影響 ―退院後訪問の経験から―. Jpn J Compr Rehabil Sci 7: 95-101, 2016

長寿医療研究センター病院レター第75号をお届けいたします。

 当センターにおいてはリハビリテーションを専門とする医師をはじめ、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士をあわせて約100名のスタッフが、急性期の病棟だけではなく、回復期リハビリテーション病棟、地域包括ケア病棟、そして在宅と様々なシチュエーションで患者さんにもっとも適したリハビリテーションを提供しています。身体的な障害をはじめ、高次認知機能、嚥下機能・言語機能の障害に対して、ロボットなど最新の設備を用いた活動を行っていただいております。診療だけではなく、研究活動もきわめて活発であり、今後のますますの発展が期待される診療科です。

病院長 荒井秀典