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ICG蛍光ナビゲーションによる腹腔鏡手術

腸管血流を蛍光で確認しより安全な腸管吻合を目指す

病院レター第74号 2018年5月21日

消化器外科医長
小林真一郎

はじめに

 消化器外科の手術では、原因となる腸管を切除後に腸管吻合をします。この吻合部がうまくくっつけば、術後経過は良好で大腸、直腸手術では約10日前後で退院が可能となります。しかし、ひとたび縫合不全が発症すると便汁が腹腔内に漏れ腹膜炎を発症するため、一時的に人工肛門造設をしなければならない場合があります。退院までの期間も1か月以上かかることが多く、いかに縫合不全を予防するかが大事になります。
 消化管吻合の中でも、直腸癌に対する低位前方切除術後の縫合不全率は国内のNCD(national clinical database)や米国のNational Cancer Dataの報告によると約10%と依然として高率です。縫合不全の原因として、吻合部血流、吻合器機、吻合部への緊張、患者併存疾患など複数の原因が考えられています。これらを一つずつ評価することにより縫合不全率を改善することが望まれます。
 新たに開発された腹腔鏡下手術によるIR(赤外光)観察システムは、吻合部の血流評価に利用することにより縫合不全の防止に有用であります。当院のように高齢者が多い施設ではより腸管血流評価は大事であると考え、新病院開院とともに、高性能のフルハイビジョン腹腔鏡システムに加え、高画質な赤外光観察画像システムを導入し、ICG蛍光ナビゲーションを利用して腸管血流評価を開始しましたのでご紹介します。

1.ICG蛍光の原理

 蛍光物質であるICGIndocyanine Greenインドシアニングリーン)は、分子量774.96の水溶性化合物であり、血液中に入ると血清蛋白(リポ蛋白、アルブミンなど)と結合し、血中から選択的にほとんどが肝臓の細胞に取り込まれ代謝されず、腸肝循環や腎からの排泄もなく胆汁中に排出されます。そのため、肝・循環機能検査薬として広く臨床使用されています。ヨウ素を含有しているためヨード過敏症には禁忌ですが、低毒性の比較的安全な試薬であり健康成人における生物学的半減期も3~4分と比較的短いです。
 このICGが特定の励起光を照射すると蛍光発光するという特性を利用して、血流の分布や組織への漏出、リンパ流などを体表面または体内から観察する方法が、ICGを用いた光力学診断です。一般に、体の表面から体内に入った光がどの程度の深さまで達するかは、体内に存在するヘモグロビンと水などの吸光物質と光の波長に関係します。ヘモグロビンは、600nmより短い光を吸収し、水は900nmより長い光を吸収するため、可視光や赤外光は減衰し、生体の深部に到達しがたいです。ICGは近赤外光(ピーク波長805nm、750-810nm)で励起すると、より長波長の近赤外光を蛍光発色します。これがICG蛍光のメカニズムです。この近赤外光域といわれる600nm~900nmの波長領域は、ヘモグロビンと水の影響が少ないため光の組織透過性が高いです。つまり、ICGの励起における750~810nm蛍光発光における835nmが生体観察に最も適するこの近赤外光領域にあるため、人間の肉眼で直接的にはみえないが専用カメラを用いることで、表面より約10mm深部の病変、血管やリンパ管など生体深部構造を励起・発光させ可視化することが可能とされます。ICGを励起、蛍光観察するための近赤外線光機器は、白色光モードと近赤外光(ICG蛍光)モードが即時に切り替え可能であり術中に非常に有用です。

2.ICGが腸管血流状態観察に適応拡大

 ICGは、もともと肝機能および心拍出量測定のための検査薬として50年近く臨床使用されてきた薬剤です。ICGの保険適応は、

図1 術中の腸管切離前の白色光モードでの術中写真
矢印部分で腸管切離を予定している

  1. 肝機能検査(血漿消失率、血中停滞率及び肝血流量測定)、肝疾患の診断、予後治癒の判定、
  2. 循環機能検査(心拍出量、平均循環時間又は異常血流量の測定)、心臓血管系疾患の診断、
  3. 脳神経外科手術時における脳血管の造影(赤外線照射時の蛍光測定による)、
  4. 乳癌、悪性黒色腫におけるセンチネルリンパ節の同定

の4つでしたが、ICGによる血管、再建組織の血流状態観察(赤外線照射時の蛍光測定による)が公知申請されており、厚生労働省に2018年1月26日に認可されました。添付文書への記載はまだされていないので、2018年4月現在では適応外薬品の状態です。消化器外科手術時に、縫合不全予防のために腸管血流の状態をみることは有用であり、当院のように高齢者が多い施設ではより腸管血流評価は大事であると考え、2018年3月に当院の診療倫理委員会の承認を得て4月から導入開始しました。

3.ICG蛍光ナビゲーションの腹腔鏡下手術への利用

図2 近赤外光観察モードでの術中写真
腸管切離予定部分までICG蛍光発色が確認できる
矢印部分まで十分な血流があることが確認できたので
安心して予定通り腸管切離が行える

 辺縁動脈の欠損や辺縁動脈が未発達の場合があります。このような場合に、口側腸管切離ラインまで十分な血流が届かない場合があります。外科医は、触診で辺縁動脈、直動脈が触れないか確認したり、ドップラーで血流を確認したりなどで血流の評価をしてきましたが、いずれの評価法よりもICG蛍光法が優れています。
 術中の腸管切離前の白色光モードでの術中写真を図1に示します。ここで、近赤外光観察モードに切り替えて、ICGを静脈から投与すると約30秒から60秒すると血流が十分な場合は、蛍光発色が観察できます(図2)。腸管切離ラインの蛍光発色が不十分な場合は、十分な血流がきていないと判断し蛍光発色がいいところまで追加切除をします。これにより、十分な血流があるところで吻合ができ縫合不全軽減につながることが期待されます。

4.おわりに

 腹腔鏡手術では、拡大視効果を利用し緻密な手術を行っています。さらにICG蛍光ナビゲーション手術を併用することで、縫合不全を回避しより安全な手術を行っています。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。


長寿医療研究センター病院レター第74号をお届けいたします。

本年2月14日に新外来棟がオープンし、同時に手術室も新棟に移りました。当センターにおいても患者さんへの負担が少ない腹腔鏡手術が増えてきております。腹腔鏡手術のメリットは術後の回復が早いことですが、その安全性をさらに高めるための赤外光観察画像システムによる腸管血流評価は画期的な技術だと思います。今回血流状態を観察するために用いるICGという試薬は、本目的での使用は認可されていませんが、肝機能や心機能測定のための検査薬としての歴史は古く、安全性は確立されています。高齢者においては、術後の合併症をできるだけ少なくし、退院後日常生活がスムーズに行えるためにも体に負担の少ない腹腔鏡手術をより安全に行うことが必要です。そのためにもこの方法は縫合不全を回避するために有効だと思います。安心して手術を受けていただくために大変素晴らしい方法だと思います。

病院長 荒井秀典