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嗅覚味覚外来開設のご案内

病院レター第73号 2018年3月22日

耳鼻咽喉科医長
鈴木宏和

 国立長寿医療研究センター耳鼻咽喉科は2017年4月より新たな医師が着任し、常勤医師2名の体制で診療を行っています。難聴、嗅覚障害、味覚障害、めまいを中心とした高齢者医療の充実を図っています。
 難聴の治療では補聴器外来が好評をいただいており、近年、年間の新規導入が100例を超えるようになりました。また補聴器購入後の調整フォローにも力を入れています。平衡覚についてはリハビリテーション科に依頼し、医療ロボットを使用した、めまいのリハビリテーションを始めました。
 今回は2016年に嗅覚味覚外来を開設し、新たに嗅覚検査、味覚検査が行えるようになりましたので、嗅覚障害の検査治療を中心とした取り組みを紹介させていただきます。

1.嗅覚障害について

 嗅覚障害には様々な病態があります。においが全く判別できなくなる嗅覚脱失、濃いにおいしかわからなかったり、何かにおってもにおいの種類がわからないといった嗅覚低下、別のにおいのように感じたり、本来ないにおいを自覚してしまう異嗅症があります。
 嗅覚障害の原因はいろいろありますが、鼻腔から大脳の嗅覚野にいたる経路のどこかの障害でおこります。鼻副鼻腔炎などで、におい分子が嗅神経に到達しない場合を気導性嗅覚障害、感冒後や薬剤などにより嗅上皮の嗅細胞がダメージを受けたと考えられる場合を嗅神経性嗅覚障害、頭部外傷や神経変性疾患、脳血管性病変などは中枢性嗅覚障害と呼びます。例えば感冒は当初鼻水鼻づまりの気導性が原因ですが、鼻の炎症症状がなくなった後も嗅覚低下が継続した場合は嗅細胞の変性脱落が原因の嗅神経性嗅覚障害です。感冒後の嗅覚障害には異嗅症も多いといわれています。
 また近年、アルツハイマー病やパーキンソン病なども早期から嗅覚障害があらわれることが報告されていて、認知障害と嗅覚障害は関連があることが示唆されています。一方、とくに病因がなくても、60歳以上になると嗅覚が低下してくることが知られており、加齢性の変化と考えられています。また男性のほうが全ての年代で女性よりも若干嗅覚が低下しているといわれています。加齢性による嗅覚低下では、何かにおうのに何のにおいかがわからないという状態がよくみられます。嗅覚障害の治療については、鼻副鼻腔炎を治療したり、ステロイド点鼻で炎症抑制を図ったり、神経再生を促進する漢方薬を使用したりします。このように原因も多彩であり、治療方針が異なる場合もあるので、まずしっかり病態を診断することが重要です。

2.嗅覚味覚外来の取り組み

図1 国立長寿医療研究センターを嗅覚低下で受診した患者の内訳

 当センター耳鼻科では、高齢者の嗅覚障害の実態把握について研究をしています。昨年は約50名の患者が嗅覚障害で通院治療を行いました(図1)。平均年齢が72歳で女性が2/3を占めます。おそらく女性のほうがにおいに関して気にされている方が多いためと考えられます。物忘れ外来などで認知症の治療を受けている例が約2割、感冒後が2割、原因がはっきりしないのが6割でした。原因がはっきりしない場合には加齢性の嗅覚低下が含まれると考えられます。
 当科ではまず内視鏡と副鼻腔CTで鼻副鼻腔炎の精査を行い、鼻副鼻腔炎が原因の場合は薬治療、手術や鼻洗浄の指導を行っています。鼻副鼻腔炎のない場合には、一般的な静脈性嗅覚検査に加えて、基準嗅力検査、カード型嗅覚同定検査、スティック型嗅覚同定検査など、より精密な検査を行います(図2)。

図2 カード型嗅覚同定検査(左)と基準嗅力検査(右)

 これらの検査では、においの有無に加え、においの種類やにおいの強さを調べることができます。当センターの検査では年齢が高くなるほど、嗅覚検査の点数も低下する傾向が見られました(図3)。画像検査では頭部MRIで従来の脳の評価に加え、嗅球の萎縮の有無を調べるスライスも追加して評価しています。また物忘れの可能性がある場合に認知機能のアンケートも実施します。精密検査の中には一部健康保険外のものもあり、保険診療部分のみが自己負担になることを説明しています。

図3 国立長寿医療研究センター嗅覚外来患者のカード型嗅覚同定検査(12点満点)と年齢の関係

 食事に関して味覚と嗅覚は深く関連しており、気づかないうちに味覚よりも嗅覚が低下していて、風味を感じることができなくなった場合も多くみられます。味覚検査は味の種類や濃度を調べるテーストディスクや味覚の左右差など舌の位置の違いも調べることができる電気味覚検査を導入しています。
 嗅覚障害の治療について、半年から1年程度の通院をおすすめしています。治療による改善がもっとも見込まれる感冒後の嗅覚障害が、発症1年で治癒率1/3程度といわれているからです。発症から治療開始までの期間に数か月以上あいてしまうと改善度が低くなるため、早期に治療開始することが重要です。認知症や加齢性の嗅覚低下に対する有効な治療は今後の課題です。近年ステロイド点鼻治療に加えて、漢方薬が感冒後に効果があることが発表され、よく使われるようになりました。海外では嗅覚障害に薬の治療が特になく、嗅覚トレーニングが行われています。嗅覚研究の第一人者であるドイツのHummelらは 花(ローズ)、果実(レモン)、ハーブ(クローブ)、樹脂(ユーカリ)を1日2回10秒間ずつ嗅ぐ訓練を6か月以上推奨しています。またトレーニングする種類を増やした方がより効果があるとも報告しています。日本鼻科学会でも日本人に合った嗅覚トレーニングが検討されているところです。当センターでは、アロマや日常の生活のにおい(食物、入浴剤等)を使ってしっかりにおいをかぐ練習をするように指導をしています。

3.おわりに

 嗅覚障害は基礎研究がめざましく進歩していますが、治療に関しては、ようやく嗅覚障害診療ガイドラインが発表されるところです。しかし今後、嗅覚トレーニングの検討など、新しい治療法の可能性がある分野でもあります。当センター耳鼻科も2018年2月に新外来棟に移転し、あらたに嗅覚検査室ができ、検査がスムーズに行えるようになりました。また感覚器センターとして視覚、聴覚、嗅覚、味覚、平衡覚をまとめて検査を行う取り組みもこれから始まります。感覚器機能の障害は、高齢者の生活機能や認知機能を低下させ、高齢者の自立を大きく妨げる要因となります。我々も積極的に評価、介入をしていますので是非ご活用ください。 


長寿医療研究センター病院レター第73号をお届けいたします。

 鈴木先生の文にも紹介されていますが、私どもの念願の新外来管理治療棟が写真のようにできあがり、そこでの診療が2月14日からスタートしました。この建物における新機軸は4階のロコモフレイルセンターと3階の感覚器センターです。そのうち、感覚器センターでは、視覚、聴覚、平衡覚、そして、今回解説された嗅覚味覚を全人的、包括的に扱う世界でも初めての仕組みを導入しました。本外来も感覚器センターの目玉として、その歩みを始めたところですが、今後、大きな飛躍をするものと期待されます。

病院長 原田敦