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治験・臨床研究推進センターのご紹介

病院レター第71号 2017年11月20日

治験・臨床研究推進部長
鈴木啓介

 国立長寿医療研究センター(以下、当センター)は、「私たちは高齢者の心と体の自立を促進し、健康長寿社会の構築に貢献します」という基本理念の下、日々診療と研究に取り組んでおります。特に、認知症、骨粗鬆症など、超高齢社会において早急な対応が求められている疾患についての優れた研究成果を、治験や臨床研究を通じて社会に還元していくことは、当センターの基本的な使命となっています。当センターにおける治験および臨床研究の支援体制を高い水準で整備して、質の高い治験や臨床研究をこれまで以上に多く実施できる体制を構築するため、治験・臨床研究推進センターが平成26年4月1日に設置されました。

1.臨床研究とは、治験とは

 治験・臨床研究推進センターの名前にもある「治験」や「臨床研究」といった言葉には、あまり馴染みがないかもしれません。「臨床試験」という用語もあり、一般的にはこれらの言葉はあまり厳密な区別をしないまま、使われていることが多いかと思います。
 「臨床研究」とは、「基礎研究」と対極をなすもので、臨床で行われるすべての研究を包括する概念です。症例研究や、調査研究(ケースコントロール研究、コホート研究)、血液などの検体だけを用いる研究もすべて、「臨床研究」に含まれます。
 この「臨床研究」の中で、医薬品や治療技術などが人に対して効果があるかどうか(有効性)、また危険ではないかどうか(安全性)を評価する研究のことを、「臨床試験」と呼んでいます。評価される物は薬だけには限らず、医療機器、外科的手技なども含まれます。

図1 「治験」と「臨床研究」の関係

さらに、厚生労働省から医薬品や医療機器として承認を受けるために行う「臨床試験」のことを「治験」と呼んでいます。最近では、製薬企業ではなく研究者が企画・立案する「医師主導治験」も盛んに行われています。まとめますと、「臨床研究」>「臨床試験」>「治験」といった関係になります(図1)。
「治験」は、厚生労働省が定めた基準(医薬品の臨床試験の実施の基準:GCP)に従って行われます。主に少人数の健康成人で、ごく少量から少しずつ「薬の候補物質」の投与量を増やしていき、安全性について調べる第I相(フェーズ1)試験、「薬の候補物質」が効果を示すと予想される比較的少人数の患者さんで、有効性、安全性、使い方(投与量・投与方法など)を調べる第II相(フェーズ2)試験、多数の患者さんで、有効性、安全性、使い方を確認する第III相(フェーズ3)試験に分けることができます。

2.治験・臨床研究推進センターの概要

当センターにおいて質の高い治験や臨床研究を円滑に実施したり支援するため、体制治験・臨床研究推進センターには、センター長のもと『治験・臨床研究推進部』『臨床研究支援部』『データセンター』『開発・連携推進部』の4部が設置されています(図2)。

図2 治験・臨床研究推進センター組織図(2017年10月1日現在)

『治験・臨床研究推進部』には、臨床研究や治験の進行をサポートする専門職である臨床研究コーディネーター(CRC)が6名所属しているほか、認知症を対象とする治験には欠かせない認知機能評価を行う臨床心理士2名も所属しています。私もこの部に所属し、研究者から研究相談を受けるコンサルテーション業務のほか、治験や臨床研究に関する教育やトレーニングにも携わっております。この9月には当センター内の臨床研究初学者を対象として、質の高い臨床研究計画を立案する方法を実例とともに学ぶ初のワークショップを開催いたしました。
また『データセンター』には、非常勤ではありますが生物統計家1名が所属しています。生物統計家とは、医学領域で生じる科学的な問いに適切に答えるために、研究デザインと統計解析の方法論を研究する学問分野である「生物統計学」の専門家のことです。週1日の勤務ではありますが、臨床研究に携わる研究者からの様々な疑問、例えば適切な統計手法の選択やサンプルサイズの算出、試験デザインの選択などに対して、生物統計相談を通じて精力的に対応し、当センター内でも好評を得ております。

3.アルツハイマー病の治験に関する最近の話題

高齢化の進行に伴い、認知症、特にアルツハイマー病の患者数は急増しており、その治療法開発は、我が国だけでなく世界的にみても喫緊の課題となっています。そのため、フェーズ1からフェーズ3まで数多くの治験が行われています1)(図3)。このうちの一部は、当センターでも実施しております。

図3 アルツハイマー病における治験の現状(参考文献1から引用)

日本において現在、アルツハイマー病に対して保険適応となっている4種類の薬物(ドネペジル、メマンチンなど)は、いずれも神経変性そのものを抑制する薬ではなく、図3内の「Symptom-Reducing Small Molecule」に相当し、一般には「症状改善薬」と呼ばれています。そこでアルツハイマー病の根治治療となりうる「疾患修飾薬(disease-modifying drug)」の開発に期待が高まっています。「疾患修飾薬」とは疾患の分子病態に着目し、アルツハイマー病であれば神経変性自体を治療の標的とした薬剤のことです。かつては治療法がほとんど無かった悪性腫瘍では、「疾患修飾薬」の開発成功が疾患に苦しむ患者さんに多大な恩恵を与えています。一方で、アルツハイマー病においてはアミロイドやタウなど、疾患の分子病態そのものは解明されつつありますが、その病態を標的とした「疾患修飾薬」の薬事承認の獲得に至った事例は、いまだにありません。昨年から今年にかけても、フェーズ3まで進み開発成功が有望視されていた「疾患修飾薬」の治験中止が相次いでいます。
このような治験の失敗の背景には、認知症を含む神経変性疾患特有の問題が多くあると考えられています2)。一つには、神経変性疾患では症状が出現した時点では既に病態(神経変性や神経細胞死)がかなり進行しており、「疾患修飾薬」による病態抑止効果が発揮されにくいことが挙げられます。さらには、症状の進行が緩徐であることが多いため短期間の治験では薬剤の有効性評価が困難であること、有効性を評価するための正確な指標(エンドポイント)が必ずしも確立されていないことなども、開発が順調に進まない原因として考えられています。これらの問題を克服するための手段の一つが、認知症の前段階である軽度認知障害(MCI:Mild Cognitive Impairment)のさらに前から介入を行う先制医療であり、この考えに基づく治験が日本でも展開されています。また、認知症やMCIを対象としたレジストリを活用することで、治験の加速化、ひいては治療法開発の成功に繋がることも期待されます。そこで当センターが中心となって、日本初となる認知症レジストリ(オレンジレジストリ)が構築され3)、MCIを中心とした患者さんの登録が開始されています。

4.おわりに

当センターで実施している治験の概要や治験・臨床研究推進センターに関する詳細は、ホームページこのリンクは別ウィンドウで開きますで公開されています。もし、治験やレジストリに興味があるような患者さんがいらっしゃるようでしたら、ぜひ治験・臨床研究推進センターまでご連絡いただけますと幸いです。宜しくお願いいたします。

参考文献

  1. Cummings J, et al.: Alzheimer's disease drug development pipeline: 2017. Alzheimer’s & Dementia: Translational Research & Clinical Interventions. 3: 367-384, 2017.
  2. 鈴木啓介ら: アルツハイマー病と新オレンジプラン 治療 治験中の薬物. Clinical Neuroscience 34: 1031-1034, 2016.
  3. Saji N, et al.: ORANGE’s challenge: developing wide-ranging dementia research in Japan. Lancet Neurol l15: 661-662, 2016.

長寿医療研究センター病院レター第71号をお届けいたします。

 国立長寿医療研究センターには、その前に“国立研究開発法人”という法人名が付いています。正式名は、大変に長たらしくなっているのはそのせいです。しかしながら、その意味する所は、独立行政法人のうちで、主に研究開発を行い、研究開発の最大限の成果を確保することを目的とする法人です。従って、そのような組織にとって、鈴木先生の書かれているような治験・臨床研究推進センターによる強力な支援と指導は、決定的に重要な役割を果たしつつあります。欠くべからざる存在となっています。 

病院長 原田敦