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長い距離が歩けなくなったら -手術で良くなる!腰部脊柱管狭窄症-

病院レター第62号 2016年5月16日

脊椎外科医長 酒井義人

 人間の宿命として、加齢に伴い骨や関節に変形を来します。下肢の感覚・運動を司る馬尾神経や腰部神経根が通る「腰部脊柱管」が「狭窄」することによって腰部脊柱管狭窄症が起こります。腰椎を構成している椎間板、椎間関節、靱帯に加齢現象(変性といいます)が起こり、それぞれ椎間板突出、椎間関節の変形、靱帯の肥厚などが起こる状態です。腰椎では脊髄はほとんど存在せず馬尾神経や神経根が障害されます(図1)。この脊柱管狭窄によって馬尾神経が圧迫されると長く歩くと下肢痛やしびれが出現するいわゆる間欠性跛行が、馬尾から分岐した神経根が圧迫されると動作時や安静時でも下肢痛やしびれが出現します。重症になると歩行はおろか痛みでベッドから降りることもできなくなりますが、昨今メディア等の健康番組で紹介されることも多く、歩行時に下肢がしびれて痛いといった症状で整形外科を受診することがほとんどです。手術せずに保存的治療が可能か、手術が必要かの判断は整形外科のなかでも脊椎専門医が担当することが多いこの病気について、病態と治療法について説明します。

 

図1 脊椎と脊髄、神経根の位置関係
(臨床脊椎脊髄医学
伊藤達雄編集より引用)

1.腰椎の加齢変性と脊柱管狭窄

 脊椎は加齢により変性を起こし、椎体の変形、骨棘形成、椎間板の膨隆、黄色靭帯の肥厚、椎間関節の肥大、椎体の前方へのずれ(すべり)などが脊柱管を狭窄することにより神経症状が出現します。これらの変性は加齢よるものであり、避けることはできず今のところ予防法はありません。圧迫を受け有部位が神経のうち馬尾神経か神経根かによって出現する症状が異なります(図2)。馬尾型では臀部から下肢、足底部に至るまでのしびれ、ほてり、冷えといった異常感覚が主となります。障害高位よりも下位の神経も障害されるため神経分布的に重複した知覚異常を呈します。神経根型では障害神経に一致した領域の痛みとしびれが主となります。時に安静時にも強い痛みを訴え、全く歩行できずに救急車で受診することもあります。実際に最も多いのは馬尾型と神経根型の混合型で、典型的な症状として、歩行を続けると下肢痛、しびれが生じ、休息特に前傾姿勢を取ると改善する「間欠性跛行」を呈します。

図2 腰部脊柱管狭窄症の分類(1988菊池)

2.腰部脊柱管狭窄症と末梢動脈疾患

 このような間欠性跛行には腰部脊柱管狭窄症に代表される神経性間欠跛行と閉塞性動脈硬化症などの末梢動脈疾患(PAD)に特徴的な血管性間欠跛行あり、臨床的に鑑別しなければなりません。歩行により増悪する下肢痛、しびれは両疾患ともみられますが、神経性では前屈で改善するのに対し、血管性ではそれは認めません。また神経性では立位姿勢のみでも増悪するのに対して、血管性では歩行しなければ増悪しません。知覚異常の部位でも違いがあり、血管性では腓腹部に限局するのに対し、神経性では障害される神経により異なり大腿に及ぶことがあります。しかしこの神経性と血管性の間欠性跛行は高齢者ではしばしば鑑別困難で、腰部脊柱管狭窄症においてはPADが約30%合併します。そのため腰部脊柱管狭窄症の患者さんには下肢の血圧や、足趾の脈波を計測するABITBIといった検査を併用して行い、末梢血管障害が合併していないか調べています。血管障害があれば血管外科で治療を依頼します。

3.治療法

 レントゲン写真とMRIを撮れば診断できるので直ちに治療を行います。痛みで歩行が全く不可能である場合や、下肢に運動麻痺が出現している場合を除いて、まず薬剤による保存治療を行い、改善が乏しい場合に手術治療を行います。

保存的治療

 安静時にも強い痛みがある場合は圧迫により神経の炎症が強い場合が多いため、非ステロイド性消炎鎮痛剤(NSAIDs)を短期間使用します。ほとんどの場合は上記のような歩行による下肢痛、しびれであり、通常プロスタグランディンE1PGE1)製剤(リマプロスト)を内服します。これは血管を拡張することにより神経に対する血流を増加させ神経症状を軽減させる効果があります。通常2〜3ヶ月継続することにより歩行可能な距離が伸びるなど症状の緩和が期待できます。このPGE1製剤を軸として、夜間痛やしびれがひどい場合はプレガバリンを併用し、日常生活動作が痛みのため大きく障害されている場合は弱オピオイドを併用します。リハビリなどの運動療法は有効であるとの医学的根拠は今のところありません。当センターのデータでは薬物治療のうち手術に移行するのは4割程度ですので、まずは保存治療を行ってみることを薦めます。

手術治療

 上記保存治療を数ヶ月継続しても満足した改善が得られない場合は、手術を薦めています。手術治療は大きく分けて除圧術と固定術の2種類があります。一般的には腰椎に不安定性がない場合は除圧術(椎弓形成術)が行われ(図3)、すべり症などをはじめとした不安定性がある場合は腰椎固定術を行います(図4)。除圧術の場合、手術は1~2時間で出血量も少ないため侵襲が少なく済みますが、固定術の場合、手術は2〜4時間に及び出血量も多いため、通常自己血を採取し輸血に備えます。また固定術はインプラントを椎体に挿入するので、特に女性の場合は骨粗鬆症がひどいと術後にインプラントが緩んだり抜けたりすることがあるため、骨粗鬆症治療を前もって行うことがあります。高齢者の場合、心臓や肺などの疾患を伴っていることも少なくなく、固定術の適応であっても全身状態を考慮した上で、除圧術を選択せざるを得ない場合もあります。いずれの手術も通常は手術後2日でコルセットを装着して歩行を許可し、2週間で自宅退院可能です。手術成績も良好で80〜90%の患者さんが日常生活を過ごしやすくなったと結果に満足されています。ただ痛みと歩行の改善は比較的良好ですが、しびれの改善は今ひとつで、完全に消失することは少なく今後の課題ですが、高齢者であっても手術の効果は得られるため、年齢が手術を回避する理由とはならず、当センターでは積極的に手術を行っています。

図3 腰部脊柱管狭窄症に対する椎弓形成術

72歳男性。100mの間欠性跛行でL4/5高位に狭窄を認め、
椎弓形成術を行い症状が消失した。
A:術前MRI矢状断像 B:術前MRIL4/5高位横断像
C:術後CT横断像

図4 腰部脊柱管狭窄症に対する脊椎固定術

78歳女性。第4腰椎変性すべりとL4/5高位の狭窄を認め、
CTではL4/5椎間関節の著明な変性肥厚を認める。脊椎後
方椎体間固定術を行い症状が消失した。
A:術前MRI矢状断像 B:術前MRI L4/5高位横断像
C:術前CT横断像 D:術後レントゲン側面像

4.これまでの研究成果から

 当センターでは腰部脊柱管狭窄症の研究を行っています。加齢によって起こる筋肉の減少(サルコペニア)の程度により手術による改善に影響が出ることが分かってきました。骨や神経の疾患でも筋肉の強化、機能向上が治療に不可欠であることを、運動をはじめとした筋力訓練の重要性を提唱しています。さらに腰部脊柱管狭窄症に対して新しい治療法を研究開発しています。特に黄色靭帯の肥厚に着目しており、加齢による黄色靭帯の変化とそのメカニズムについて研究し、いろいろなことが分かってきました。また腰部脊柱管狭窄症に対する保存治療の薬物の効果が、黄色靭帯肥厚の強い患者さんの方が高いことも分かってきました。将来的には手術に変わる新しい治療が生まれることを期待しています。

5.おわりに

 腰部脊柱管狭窄症は癌と違って生死にかかわる病気ではありませんが、高齢者の日常生活における活動を大きく妨げる進行性の疾患です。脊椎外科医の診察とMRIを行えば診断は比較的容易です。高齢の方で下肢のしびれを自覚するようになったら症状が進行する前に、是非一度整形外科を受診することをおすすめします。

参考文献

  1. 酒井義人 高齢者腰痛治療のプロになる 医学と看護社 2013 全75頁
  2. Yoshihito Sakai Low Back Pain Pathogenesis and Treatment InTech 2012, p27-40, 244 pages, ISBN978-953-51-0338-7
  3. 酒井義人 今日の治療指針 私はこうして治療している 18 整形外科疾患 いわゆる腰痛症 医学書院 p908,2011
  4. 酒井義人 腰部脊柱管狭窄症に対する手術の実際と適応 Geriatric Medicine 53(12):1277-1282, 2015.
  5. 酒井義人 ロコモティブシンドロームとしての腰部脊柱管狭窄症 CLINICAL CALCIUM Vol.22, No.4, p59-66,2012

長寿医療研究センター病院レター第62号をお届けいたします。

 歩行能力は、誰もが加齢に伴って低下します。そのような病態としてロコモティブシンドローム(運動器障害による移動機能低下)、フレイル(歩行速度が診断基準の主要項目)などの概念が提唱されていますが、今回の腰部脊柱管狭窄症は、歩行能力低下の原因疾患に位置づけられます。その治療は、外科療法が先行して発達し、長期成績は70~80%で良好とされており、手術適応があって患者さんも希望する場合は、手術で満足してもらえる確率は高いです。ただ、手術適応があっても希望されない場合やもう少し軽症な段階では、保存療法は、PGE1剤がありますが、それだけでは不十分な場合が多いのが悩みです。ちなみに、整形外科手術数調査では、整形外科手術受療率(件/千人)が最高になるのは、上肢70〜74歳、下肢は右肩上がりで90歳以上、脊椎75〜79歳です。今回の腰椎の受療率は、70〜74歳が最高で0.34、その後急減し、80〜84歳は0.06です。つまり、75歳以降では有病者数は増加すると予想されるのに、手術受療率は大きく下がります。そのような患者層の変化を考慮すると、新たな保存治療の開発が望まれるので、我々もある企業と取り組み続けています。

病院長 原田敦