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意外と身近な「血管性認知症」

病院レター第59号 2015年11月16日

もの忘れセンター医長
佐治直樹

 今回は、血管性認知症についてご紹介したいと思います。私が所属しているもの忘れセンターでは、もの忘れが気になる患者さんや認知症が疑われる患者さんを診療しています。認知症といえば、アルツハイマー病がとても有名ですが、血管性認知症も最近注目されるようになっています。

1.認知症について

 認知症になる原因としては、アルツハイマー病が最も多く、次に血管性認知症があります。アルツハイマー病とは、アミロイドβという物質が脳にたまる病気です。根本的な治療法はまだ見つかっていませんが、進行を抑制する治療薬が開発されました。その他にも、甲状腺ホルモン異常やビタミンB欠乏症が原因となることもありますが、ホルモンやビタミンの補充療法によって認知機能障害がよくなることがあります。そのため、認知機能障害が疑われる場合、検査をきちんと受けて、適切な治療を受けることが望まれます。

図1 脳小血管病の画像所見
Wardlaw, JM et al. Lancet Neurol 2013:12:822-838を引用改変)

2.血管性認知症について

 さて、血管性認知症は、以前はあまり認識されていませんでしたが、MRI検査の発達によって見つけられやすくなりました。かつては、脳卒中と認知症はまったく別の病気として区別されていましたが、最近では、「血管性認知機能障害」という概念が提唱されています。血管性認知機能障害は、「脳血管障害に関連して生じる認知機能障害」を意味します。海外の診断基準(NINDS-AIREN)では、脳卒中発症後から認知機能低下までの期間が3ヶ月以内である、と規定があります。しかし、脳卒中を発症していなくても、微細な脳血管障害が潜在的に進行することもあります。
 写真(図1)に示すようなラクナ梗塞による脳卒中(図A)、大脳白質病変(図B)、無症候性のラクナ梗塞(図C)、脳微小出血(図D)は脳小血管病と総称され、血管性認知機能障害の主な原因です。そして、これらの画像変化は、アルツハイマー病の危険因子にもなりますし、ふらつきなど「老年症候群」の原因にもなります。特に認知症状を自覚していなくても、脳ドッグなどで偶然にこれらの画像変化が見つかることがあります。高血圧や糖尿病などの生活習慣病で治療されている中高年のかたは、一度は脳の検査をおすすめします。

3.血管性認知症の症状

 血管性認知症の初期症状には、意欲低下や自発性低下、夜間不眠や不穏などがあります。これは、アルツハイマー型認知症がもの忘れで発症することと異なりますので、認知症を疑いにくく、見落とされている場合もあります。また、原因となる脳梗塞の病巣が非常に小さく、めまいやふらつき、一過性の軽い言語障害などの症状だけの場合、患者さんご本人も病気だと気がつかないこともあります。しかし、脳梗塞が再発したり、生活習慣病によって図1のような画像変化が悪化すると、認知障害も徐々に進行して、最終的には「認知症」が完成することになります。
 その他の症状には、感情失禁があります。これは、自分の感情がコントロールできずに、すぐに怒ったり泣いたりすることです。感情変化のきっかけは様々で、患者さんによって違うため、ご家族の観察が重要です。また、うつ傾向になって表情が乏しくなることもあります。表情が乏しく、歩き方が小刻みで、手足が震える場合は、パーキンソン症候群を疑います。そういう場合は、神経内科医師に紹介しましょう。パーキンソン症状をきたす疾患もいろいろあります。前回(第58号)の病院レターでは、脳機能診療部長の新畑豊医師に、「パーキンソン病と間違われやすい病態」として詳しく解説していただきました。

表1 失認や失行の具体例

失認
相貌失認 人の顔が認識できない
聴覚失認 聴力は悪くないのに、聞いたことの認識が悪い
触覚性失認 日常用いているものを触ってもそれが何か認識できない
失行
肢節運動失行 ボタンがはめられない
観念運動失行 動作のマネができない
観念失行 ライターや電話などがうまく使えない

 また、脳卒中や認知症の症状に高次脳機能障害があります。高次脳機能障害には、失認や失行などがあります(表1)。失認とは、感覚器に異常がないのに、目や耳などの五感を通じた周囲の状況を把握する機能が低下した状態です。失行とは、運動器に異常がないのに身につけた一連の動作を行う機能が低下した状態です。これらは脳卒中や認知症の症状ですが、血管性認知症の症状にもなりえます。

4.血管性認知症への対応

 血管性認知症の患者さんは、認知障害の自覚があることが多いため、患者さんの感情に配慮が必要です。家族や周囲の心ない一言で、感情失禁を引き起こすこともあります。ご家族だけの介護負担が、家族関係の悪化やストレスの原因になることもあります。早い段階での地域包括支援センターやケアマネージャーへの相談、介護保険の申請が、患者や家族の不安、ストレスなどの軽減にもつながります。そして、生活習慣病を悪化させないこと、脳卒中を予防することが最も重要です。

5.血管性認知症を予測できる?

図2 脳小血管病についての関連図

 血管性認知症は脳小血管病や生活習慣病が原因になります。現在、そのメカニズムは以下のように考えられています(図2)。
 まず、生活習慣病によって脳や腎臓などの微小血管に動脈硬化がおこります。これはarterial stiffnessといい、臓器障害の原因になります。そして、脳内では図1のような脳小血管病をきたし、これが血管性認知機能障害の原因になります。脳小血管病は、脳卒中と認知症のリスク因子でもあり、早期発見と適切な治療介入が望まれます。最近の研究では、血圧脈波検査によって測定できるABIや脈波伝播速度(PWV)が認知機能障害を予測できるのではないかと考えられるようになってきました。
 血管性認知症の病態や新規治療薬については、まだ研究中の段階です。今後の研究によって、病態の解析が進み、患者の皆様に新しい治療薬をお届けできる日が来ると、私は確信しています。


長寿医療研究センター病院レター第59号をお届けいたします。

 2006年5月に病院レター第1号が発刊されてから、この59号までに9年半の年月が経っています。その間に認知症がテーマになったのは8回目で最も多く、早期診断、BPSD、もの忘れセンター開設、地域づくり、老年医学、身体合併症、画像診断が取り上げられてきましたが、今回は、佐治先生がアルツハイマー型認知症に次いで多い、血管性認知症を解説してくれました。
 図2にあるように、脳卒中と認知症の間の掛け橋的存在に血管性認知機能障害と呼ばれるようになった概念が注目されています。その前段階である脳小血管病が関連する脳卒中に豊富な経験をお持ちの佐治先生は、もう一つの大きな問題疾患である血管性認知症に高い情熱を持って取り組んでおられますので、高血圧や糖尿病などの生活習慣病を治療中の患者さんで、認知症が不安というような方がおられましたら、ご紹介ください。

院長 原田敦