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高齢者皮膚癌の診療

病院レター第57号 2015年7月10日

皮膚科医長 磯貝善蔵

 高齢化と地球環境の変化に伴って皮膚癌は世界的に増加しており、我が国でも高齢者の皮膚癌は増えているとされています。日光は遥か彼方から地球に降り注いでおり、暖かさや明るさを地上にもたらす生命の根源ですが、近年地球規模でのオゾン層の破壊などの環境変化に起因して地表に届く紫外線が増加しているともいわれています1)。適度な屋外活動は生活習慣病である糖尿病や高血圧症などに対して予防的に働き、精神的な健康を保つためにも有用です。しかし、日光に含まれる紫外線は体表の皮膚の細胞に遺伝子変異を引き起こし、時に癌を誘発することがあるのでバランスが重要だと思われます。知多半島北部地域は交通至便で近年名古屋市や刈谷市へのベッドタウンになってきましたが、豊かな自然と愛知用水の恵みのため農業が盛んな地域でもあります。そのためかつて農業など屋外での仕事に従事していた高齢者の方も多く、暴露されてきた紫外線は皮膚癌の誘因になりえます。この病院レターでは高齢者の皮膚癌に関して簡単な概説とともに、当院での診療の紹介を含めて述べたいと思います。

1.高齢者に多い皮膚癌:有棘細胞癌と基底細胞癌を中心に

 高齢者の皮膚癌のうち圧倒的に頻度が高く、屋外活動による紫外線の影響が大きいのは有棘細胞癌(ゆうきょくさいぼうがん)と基底細胞癌(きていさいぼうがん)です。当院においてもこの二つの皮膚癌の診療を主に行っています。

図1

A 顔面の発症した有棘細胞癌の臨床所見
B 典型的な基底細胞癌の臨床所見

 有棘細胞癌(squamous cell carcinoma:SCC)は皮膚の角化細胞を由来とする皮膚癌で、多くの場合は日光暴露が誘因になります。また、化学的発癌物質、熱傷の瘢痕や放射線皮膚障害など、皮膚の慢性炎症性の変化があった部位を母地として発症する傾向があります。故にほとんどのケースでは顔などの露出部位に発生します。
 その所見は図のように種々の程度に角化をともなう結節(突出したできもの)であり、しばしば出血や悪臭を伴います(図1A)。
 また進行すると所属リンパ節などに転移することがあり、そのような場合では生命予後は不良です。また癌前駆症、つまり癌として発症する前段階の症状として淡い紅色の小さな結節やびらんとして発症する日光角化症という病変があります。日光角化症は数年の経過で次第に大きくなり、一部は有棘細胞癌に進展しますが、高齢者における日光角化症の取扱いに関しては未だ定まった見解はありません。
 基底細胞癌(basal cell carcinoma:BCC)は皮膚の基底細胞から発生する皮膚癌で、日光暴露との関連が考えられ、顔面や頚部に多く認められます。遠隔転移はまれですが、局所癌が深部に侵蝕するように拡大することが多いので局所管理に困ることになります。露光部、特に顔の正中に近い眼や鼻の周囲に発症することが多いので、治療に際して整容的、機能的な工夫が必要になります(図1B)。
 悪性黒色腫(malignant melanoma)は予後の悪い皮膚悪性腫瘍の代表的なものですが、本邦では前述しました2種類の皮膚癌よりも比較的頻度が低いです。また高齢者では外陰部に乳房外パジェット病とよばれる癌ができることがあります。

2.皮膚癌の診断

 皮膚癌の診断は内臓の癌と異なり、診断そのものに内視鏡や画像診断などを必要としません。しかし脂漏性角化症(しろうせいかくかしょう)や脂腺増殖症のような良性の病変や、日光角化症のような前癌性の病変も多く発生するなかから皮膚癌を過不足なく診断していく必要があります。一般医の先生は皮膚のできもののうち拡大傾向や潰瘍をともなう皮膚・皮下の病変や、直観的に何かおかしい病変があったら皮膚科受診を勧めていただければよいと思います。
 皮膚癌の診断は問診、視診、触診から始まって必要に応じてダーモスコピー、皮膚生検などの検査を行って確定診断をしています。問診はいつからできてきたか、どのような症状があるかなどを尋ねます。次に視診ですが、まず肉眼で全体の構築を系統的に診察していきます。そして触診を系統的に行うことで全体の構築をみていきます。さらに表面の性状、硬さ、境界や下床との癒着など触診から得られる情報は多くあります。

図2 皮膚癌の診断に有用なダーモスコープ

 表在性の皮膚腫瘍ではダーモスコピーと呼ばれる拡大鏡が診断精度を向上するために有用です。ダーモスコピーは簡便な機器ですが、皮膚表面の乱反射を抑えたうえで病変を拡大して観察することによって、皮膚腫瘍病変の診断精度を高めることができます(図2)。とりわけ基底細胞癌、悪性黒色腫などの診断精度が向上しています。ダーモスコピーの所見は病理学の所見と関連しているため、皮膚病理組織の知識を必要とします。
 悪性が疑われる時には日本皮膚科学会のガイドライン2)において推奨されているように、3ミリ程度の皮膚部分生検を行って病理組織学的に診断を確定させます。皮膚生検は通常、外来にて局所麻酔下に行う5〜10分ほどの検査です。特に有棘細胞癌の診断時はどの所見の部位から病理組織学的所見が得られたかということが重要ですので、常に肉眼所見との相関を検討しています。当院では病理組織を病理医と皮膚科医でダブルチェックしています。悪性黒色腫での部分生検は推奨されておらず2) 避けることが望ましいとされています。
 CTMRIなどの画像検査単独では有棘細胞癌や基底細胞癌の診断はできませんが、腫瘍が大きい場合の術前の評価や深部や隣接臓器への浸潤、遠隔転移の検索に行う場合があります。血液中の腫瘍マーカーは皮膚癌の診断そのものに関しては有用性が証明はされていません。

3.当院における高齢者皮膚癌の治療

 当院の皮膚癌、特に有棘細胞癌、基底細胞癌の診療は日本皮膚科学会の皮膚悪性腫瘍診療ガイドラインに準拠して行っています2)。皮膚癌の手術治療は開腹手術などと比較して侵襲が低く、合併症をもつ高齢者にも許容できることが多いため、現実的には手術療法が殆どです。また認知症などをもつ患者さんは放射線治療よりも手術のほうが1回のみの鎮静でよいので適応になることが多いと思います。ガイドラインでは皮膚癌の種類、大きさ、発症部位などによって切除マージンが推奨されていますので、それに準拠して切除した後に単純縫縮、皮弁術、全層植皮術などで再建します。

前癌病変である日光角化症に対しては外用免疫療法であるイミキモド(商品名:ベセルナクリーム)が保険適応になり、選択枝が広がりつつあります。また抗がん剤である5FUを含む外用剤も適応を選べば有効です。しかし、いったん皮膚癌へと進行した病変への有効性は確立されていません少し前にまとめたのですが、平成24年1年間における国立長寿医療研究センター皮膚科における皮膚癌手術症例21例では1)、高齢者医療センターの実情を反映して平均年齢は82歳であり、有棘細
胞癌15例に対して基底細胞癌6例でした。またこれらの皮膚癌の71%が顔面にみられ、他も含めるとほぼ露出部に発症しており、紫外線暴露を含む生活習慣が重要な発症誘因であることと思われました。
 当センターでは種々の合併症を持つ高齢患者が多いことを踏まえて、できるだけ低侵襲な手術を心掛けています。高齢者では皺が多いため、皮弁などをしなくても再建できることがしばしばあります。また全層植皮術におけるカラーマッチング(色調の調和)も問題が起きにくい傾向があります。また当院の特徴として、認知症を合併している場合に患者自身が手術を希望するか判断できないことに遭遇します。そのような場合では皮膚癌に由来する疼痛や出血の現状と将来的な見込みを評価した後、親密な家族の意思や患者の苦痛を勘案して治療するかどうかを個々の患者さんについて決定しています。ワーファリンやアスピリンなど抗血栓作用をもつ薬剤を手術において中止するかどうかも状況に応じて検討しています。体幹の入院手術であれば、殆どの場合で継続しながら手術可能ですが、顔面の部位によっては出血しやすいので全体的な状況から判断しています。さらに顔面の皮膚は容易に手が届くため、せん妄や認知症患者への対策として手術後の創部保護などを考えておく必要があります。これらの問題は単にガイドラインの適用だけでは対処できませんので、個々の患者の希望や症状による苦痛、そして年齢や生活の質、さらには全身的な合併症を勘案して治療方針をたてております。

4.おわりに

 屋外での活動は高齢期を心身ともに健康に過ごすために必要なものですが、近年増加する皮膚癌に対する正しい知識をもち、予防することも非常に重要です。日光に起因する皮膚癌の多くは顔面にできるため早期発見が可能で、手術治療のみで根治できることが多いのです。黄色人種では紫外線による皮膚癌発生に留意は必要ですが、神経質になる必要はないと思われます。
 当院では高齢者に相応しい無理のない皮膚癌の診療を目指していきます。

参考文献

  1. 磯貝善蔵:高齢者におけるがん(2)皮膚がん:Advance in Aging and Health Research 2012 高齢期における生活習慣病 財団法人長寿科学振興財団 p71-77, 2012
  2. 土田哲也、古賀弘志、宇原 久ら:皮膚悪性腫瘍診療ガイドライン第2版 日本皮膚科学会雑誌125:5-75, 2015

長寿医療研究センター病院レター第57号をお届けいたします。

 高齢者の皮膚癌の診断と治療が解説されています。有棘細胞癌と基底細胞癌がほとんどで、両者とも日光暴露がその発生要因とされています。一方、高齢者に多いとされているビタミンD不足や欠乏を解消しようとするには、日光浴が必要とされており、環境省によれば、両手で1日1回15分が推奨されています。しかしながら、この日光浴によって皮膚癌のリスクがどれほど変動するのかには言及はありません。磯貝先生の記事を読むとお分かりのように、あまり積極的に紫外線を浴びることは避けた方がよさそうです。幸い、皮膚癌は、顔面にできることが多い分、早期発見と手術での根治可能性など良条件を備えているとのことですので、本疾患を疑う場合は、是非、ご紹介下さい。また、高齢者の方が手術での再建が楽なことは初めて知りました。役得ならぬ皺得です。

院長 原田敦