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入院・施設・在宅療養患者への 口腔ケアの必要性と手技

病院レター第52号 2014年9月25日

歯科口腔先進医療開発センター
センター長 角保徳

 わが国は超高齢社会を迎え、医療の現場でも構造変化が現れ、病院、施設、看護・介護の現場で求められるものは高度化・多様化しています。高齢者のQOL維持のためには、楽しく安全で美味しい食事ができることは欠かせない条件です。そのためには歯科疾患の予防、口腔機能の維持がとても重要です。継続的な口腔ケアを行うことで、誤嚥性肺炎や低栄養の予防ができることも最近報告され1、口腔ケアは単に口腔衛生の予防的手段ではなく、高齢者のQOLの維持向上や全身疾患の改善や健康増進に向けた医療の一環と考えられるようになりました。そのため、病院、施設、看護・介護の現場でも口腔ケアは重要視されています。

1.入院・施設・在宅療養患者への口腔ケアの必要性

 高齢化社会の到来で、肺炎で亡くなる高齢者の方が急増し、肺炎が脳血管疾患を上回って日本人の死因の第3位となりました。高齢者の肺炎の7~8割は誤嚥性肺炎であるといわれています。口腔内の状態が悪化し、誤嚥性肺炎のリスクが増加する、ということがここ近年大きな問題となってきました。誤嚥性肺炎の起因菌には、口腔内細菌が関与していることが指摘されています。高齢者の誤嚥性肺炎は時に死因となるばかりではなく、寝たきりの原因となったり機能回復を妨げたり遅延させる元凶となります。誤嚥性肺炎の主な原因は、「嚥下反射や咳反射の低下による誤嚥」、「免疫力の低下」、「口腔内細菌の増殖」と考えられます。嚥下反射や咳反射、免疫力の低下は、加齢や疾病に伴う不可逆的な現象のひとつと考えられますので、現実的な対処方法として、誤嚥性肺炎の予防に有効な口腔ケアに力を入れることが重要です(図1)。

図1 高齢者の肺炎の原因と予防方法

2.入院・施設・在宅療養患者の口腔ケア時の注意点

 口腔ケア施行時に誤嚥させないことが最も重要なので、的確な吸引と明視野の確保が大切です。

1.吸引の大切さ

 口腔ケア時の誤嚥を防ぐには、口腔内の吸引を適切に行わなければなりません。病院ではベッドサイドに吸引器(吸痰用のカテーテル)がありますが、吸引力が弱く、操作性が悪いため、口腔内の汚れや細菌をピンポイントで吸引することは難しいと思います。お勧めするのは、歯科用の吸引器に金属製の吸引嘴菅をとりつけて吸引する方法です。持ち運び可能な吸引器ですが、吸引力が強く、口腔内の汚れや細菌を口腔内に拡散させず、すばやく口腔外へ除去することができます。

2.明視野の確保

図2 病棟での口腔ケアの実際

ヘッドライトと口角鈎で両手が自由になり、右手に歯ブラシ、左手に吸引嘴管を持ち、
十分な口腔ケアを行うことができる。ヘッドライトの光量は十分明るいことが分かる。

 口腔内は複雑な構造であり、歯や口唇などにより影ができやすくなっています。特に、病棟、在宅および施設での口腔ケアでは姿勢や視野に制限があることが多く、ケア施行者がその環境に対応しなければなりません。国立長寿医療研究センターでは、口腔内の問題を見落とさず、口腔ケアを効率よく行うためにヘッドライトと口角鉤を使用しています(図2)。口角鉤を装着しますと、口唇の口角部を左右に開口できるため、視野を広げることで、ヘッドライトで隅々まで口腔内を照らすことができます。当センターで使用しているヘッドライトは、頭部に固定でき、明視野も確保しやすいものです。ヘッドライトと口角鉤を使用することで両手が自由に使えるため、緊急時の早急な対応も可能となります。

3.誤嚥を予防する新しい口腔ケア方法

 口腔ケアを行っている病院、施設、在宅の多くは、汚染物を口腔外へ排出するために水を使用しています。しかし、実際に口腔ケアを必要としている患者さんは、嚥下反射、咳反射や口腔機能の低下により、自分で口腔内の水分を排出できない方がほとんどです。そのような患者さんの口腔内に、口腔ケアで使用した水が残ってしまった場合、水が喉の奥に流れても気づかない不顕性誤嚥を引き起こす可能性もあります。すなわち、口腔ケアの方法によっては、口腔ケアが誤嚥の原因となり、誤嚥性肺炎を引き起こす場合もあるということです。実際に看護師が行った口腔ケア直後に窒息にて死亡した症例があり、訴訟にて敗訴しています2。医療・看護の現場にも効率的かつ効果的な口腔ケアを実現するために、専門的口腔ケアのできる歯科医師・歯科衛生士の介入は不可欠です。私たちに求められていることは、誤嚥のリスクが少なく、「口腔衛生」と「口腔機能」を守る正しい口腔ケアを提供することです。そこで、国立長寿医療研究センターでは、鶴見大学の菅ら3が提唱した口腔湿潤剤を用いた口腔ケア手法を発展させて、誤嚥性肺炎予防のために洗浄水を用いない口腔ケア手技とその専用ジェルの開発を行っています。
 その手技を簡潔に記載します。

  1. スポンジブラシを使って保湿ジェルを口腔内全体に塗布し、乾燥した口腔内の汚れを十分に軟化させる。
  2. 吸引嘴管と歯ブラシを持ち、ブラッシングで保湿ジェルと共に絡め取ったプラーク等の汚染物を常に吸引嘴管で口腔外へ吸い出す。

 このように口腔内細菌を含む汚染物を水で洗浄するのではなく、ジェルで絡め取り吸引嘴管を使って、素早く口腔外へ除去し、咽頭へのたれ込みを予防することが大きな特徴です(図3)。

図3

入院・施設・在宅療養患者では、乾燥した口腔粘膜上皮が唾液や痰、細菌と混じり合い、カサブタ様の痂皮を形成する
ことが多い。保湿ジェルを口腔内全体に塗布し、カサブタ様の痂皮を十分軟化させ、粘膜用の軟毛ブラシを使って一塊に
絡め取り、素早く吸引嘴管で吸い取る。左は口腔ケア前、右は口腔ケア後の所見

4.おわりに

 今回ご紹介しました「水を使わない」口腔ケアは、誤嚥のリスクを大幅に減少させ、より安全に、患者さんにとっても負担の少ない口腔ケアを行うことができます。国立長寿医療研究センター歯科口腔先端診療開発部では口腔ケアの講演活動および病棟での口腔ケアの見学を受け入れています。『百聞は一見に如かず』です。ご希望の方はご連絡下さい。

文献

  1. Sumi Y, Ozawa N, Miura H, Michiwaki Y, Umemura O. Oral care help to maintain nutritional status in frail older people. Arch Gerontol Geriatr. 51: 125-128, 2010.
  2. 角 保徳 口腔ケア時の手技・モニター観察注意義務、医療判例解説 29: 126-130, 2010.
  3. 菅武雄、木森久人、小田川拓矢、山岡創、千代情路、奥野典子、金子夏樹、石川友香子、飯田良平、中谷敏恭、森戸光彦:口腔湿潤剤を用いた口腔ケア手法、日本老年歯学会雑誌:21(2): 130-134, 2006.

長寿医療研究センター病院レター第52号をお届けいたします。

 肺炎はかつて、不慮の事故の下位の死因でしたが、平成23年には脳血管疾患を抜いて第3位となり、90代の男性では1位を占めるようになりました。その多くが誤嚥性肺炎ですので、実効的な対策として口腔内の清浄化で細菌量の減少を図ることが有効とされ、口腔ケアがシステマティックに広く実践されるようになりました。しかし、角先生のご指摘の通り、元々嚥下反射の低下がありますので、うがいなどによる口腔ケア自体が誤嚥を起こしてしまうという、まさに本末転倒が起こってしまいます。特に手技が慣れないうちはもちろんですが、熟練してもそのようなリスクは残ると思われます。
 そこで、誤嚥の危険性が高いと判断される高齢者には、洗浄水なしに保湿ジェルで汚れを絡めとるやりかたは、より安全安心な口腔ケアとして、今後、注目される画期的な方法と考えます。

院長 原田敦