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内リンパ水腫

病院レター第51号 2014年7月25日

耳鼻咽喉科部長 中島務

 内耳には外リンパと内リンパという水がありますが、内リンパが増えすぎる状態を内リンパ水腫といっています。メニエール病の特徴は内リンパ水腫といわれており、難聴、めまい、耳鳴などをおこします。最近、MRIで内リンパ水腫が描出されるようになり、内リンパ水腫は予想以上に多いことがわかってきました。

1.内リンパと外リンパ

 内リンパ液は細胞内液のようにカリウムが高く、外リンパ液は脳脊髄液のようにナトリウムが高く、成分が全然ちがいます。図1の黄色いところが内リンパ、青いところが外リンパを示しています。図1Aが正常状態を示しており図1Bが内リンパ水腫を示しています。

図1 術内耳における内リンパと外リンパ。黄色:内リンパ、青色:外リンパ
A:正常、B:内リンパ水腫、S;球形嚢, U;卵形嚢, St;アブミ骨, R;正円窓, ED; 内リンパ管, ES; 内リンパ嚢

図2 Prosper Ménière
(1799 – 1862)

2.メニエール病

 めまいが、脳からだけでなく耳からもくることを世界で最初に報告したのはフランスの医師プロスパーメニエールでした(図2)。彼は、日本では江戸時代の1862年に亡くなっています。メニエール病は、めまい、難聴、耳鳴の3つの症状がそろっているのが典型例ですが、3つの症状のうち2つあるいは1つだけの場合もあります。メニエール病の発症年齢は、以前は30歳代、40歳代に多いといわれていましたが、近年発症年齢が高くなってきており、70歳代でメニエール病の症状が初発という例もめずらしくなくなってきました。

3.内リンパ水腫のMRIによる描出

 最近MRIで内リンパ水腫が描出できるようになりました(図3)。ガドリニウム造影剤を使わなければなりませんが、造影剤を静脈投与して4時間後に撮影すると最も良い条件で水腫が描出されます。静脈内に投与された造影剤は、外リンパに入っていきますが内リンパには入らないことを利用して内外リンパを区別しています。4時間待つ理由は、4時間後に外リンパ液の造影剤濃度が一番高くなるためです。

図3 内外リンパの立体モデルとMR画像
緑の矢印は蝸牛のリンパ 赤の矢印は前庭の内リンパ

図4 内耳の血管 (Shambaugh)

4.内耳の血流

 図4は、内耳の微小循環を示しています。内リンパ水腫では内耳の水の流れが悪くなっていますが、その原因として内耳の血の流れが悪くなっているのではないかと考えられています。しかし、臨床的に内耳血流を観察することはできません。この点、網膜血流が直接観察できるのと大きな違いがあり、内耳の病態解明が遅れているのです。

5.内耳の血流量は脳血流量の百万分の1(?)

図5 椎骨脳底動脈と脳幹、小脳との関係

 内耳動脈は、ほとんどの例で椎骨動脈系の前下小脳動脈から枝分かれします。外耳、中耳は、外頸動脈系から栄養されますので大きな違いがあります。内耳血流系は脳血流系に含まれるといってよいでしょう。内耳にどれくらいの血液が流れているか、microsphere法により多くの動物で調べられました。microsphereは、赤血球よりやや大きい球で赤血球のように変形能がありません。そのため毛細血管を通りぬけることができません。このmicrosphereを多数左心室に注入し、そのうちどれくらいの割合で内耳血管にひっかかるかをみれば内耳血流量を計算できます。心拍出量と比較するとモルモットでは1万分の1のオーダー、ウサギで10万分の1のオーダーでした。ヒトでは百万分の1のオーダーと推定されています。内耳血流量の少なさにおどろかされます。

6.体に水が溜る病気に共通性

図6

 漢方では、足のむくみも含め、体のどこに水がたまっても水の流れをよくするため共通の薬が用いられます(図6)。五苓散など苓がつく漢方薬には水の流れをよくする作用があります。メニエール病は、内耳に水が溜る病気ですが、目の水の流れが悪くなる病気に緑内障があります。脳脊髄液の流れが悪くなるのが水頭症です。メニエール病と緑内障は合併する例が多いなど、これら水が溜る病気には、共通性が認められます。

 7.内リンパ水腫とメニエール病の関係

図7 内リンパ液の貯留と蝸牛症状の関係

 メニエール病は内リンパ水腫があるのが特徴ですが、内リンパ水腫があるからといってすぐに症状が出るわけではありません。無症状内リンパ水腫が相当多いことがわかってきました(図7)。多治見スタディーにより地域住民40歳以上の人の4%に緑内障があることが報告されましたが、そのうち自覚症状があるのは一割程度といわれています。このような関係は、内リン
パ水腫とメニエール病の関係にもいえると推察されています。めまいだけ、耳鳴だけ、難聴だけおこす内リンパ水腫も知られています。今後、内リンパ水腫の予防、治療のため内リンパ水腫と症状の関係について更なる研究が期待されます。


長寿医療研究センター病院レター第51号をお届けいたします。

 私の外来患者さんでかなり高齢の方が、初めてメニエール病にかかったと報告してくれ、その疾患は比較的若い人のものと思い込んでいましたので、何となく違和感を覚えた記憶があります。しかし、今回の記載を読みますと、70代で初発も珍しくないということで納得しました。患者さんの高齢化による変動がこんなところにも現れているようです。

 メニエール病の基本病態である内リンパ水腫がMRIで捉えることができるようになったという最近の大きな進歩や、緑内障や水頭症との共通性は非常に興味深いと思います。最後に触れられている無症候性内リンパ水腫が多いという事実は、画像上は変形性関節症が進行しても関節痛がない症例が多いのと似て、発症に至る秘密がまだまだ隠されているようです。これからの内リンパ水腫研究のさらなる進展が楽しみです。

病院長 原田敦