病院レター第43号 2013年5月22日
臨床検査部長 德田治彦
高齢者では、生来健康で壮健な方から大病を克服しながら齢を重ねた方まで、その年齢に至るまでの人生は当に百人百様、検査成績にも当然ながら個人差が見られます。一方、検査結果の受け止め方もそれぞれ異なります。私ども医療従事者には、臨床検査の実施や結果の説明において、個々の考え方を尊重しつつ、真摯に相対することが求められています。今回は、高齢者の臨床検査について概説したいと思います。
男性(n=257) 38-80(67.5±5.8)歳 |
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増加 | |
HbA1c | r=0.173** |
BNP | r=0.158* |
BUN | r=0.159* |
Cr | r=0.250** |
PSA | r=0.199** |
減少 | |
ALT | r=-0.294** |
eGFR | r=-0.378** |
WBC | r=-0.124* |
RBC | r=-0.200** |
Hb | r=-0.222** |
Plt | r=-0.194** |
ChE | r=-0.191** |
TG | r=-0.131* |
FT3 | r=-0.195** |
女性(n=217) 44-81(66.7±5.4)歳 |
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増加 | |
HbA1c | r=0.136* |
BNP | r=0.208** |
LDH | r=0.243** |
FT4 | r=0.176** |
減少 | |
ALT | r=-0.137* |
eGFR | r=-0.153* |
Alb | r=-0.310** |
LDL | r=-0.151* |
Fe | r=-0.147* |
国民健康・栄養調査1)では検診受検者の各種検査値が年代別に収集・分析されているので加齢の影響をみることができます。概要は次の通りです。赤血球数や血色素は男女とも低下傾向を示しますが、この傾向は男性においてより顕著です。造血能は70歳以上で低下するとされており、栄養摂取量の低下や吸収不良による鉄分の低下も関与すると考えられます。血糖値およびHbA1cは加齢とともに増加が見られ、糖尿病有病率の加齢による増加を反映しています。総コレステロール値と中性脂肪値は男性では漸減しますが、女性では閉経後60歳代まで増加し、以後減少します。クレアチニン(Cr)値の変化はわずかですが、Cr値をもとに年齢・性別で補正した推算糸球体濾過量(eGFR)は加齢による腎機能低下をよく反映し、70歳以上では男女とも70 ml/min/1.73 m2以下を示します。尿酸値は男性で漸減、女性で漸増と性による挙動の違いが見られます。AST値は男女とも60歳代に頂値を示した後漸減します。ALT値は男性では50歳代以降で漸減しますが、女性では60歳代に頂値を示します。γ-GTP値は男性では60歳代、女性では50歳代にそれぞれ頂値を示します。栄養状態を反映する総蛋白質はほとんど不変ですが、アルブミン値は男性75歳以上で、女性80歳以上で僅かに減少が見られます。このような加齢による臨床検査値の変化は、私共が平成18年より行っている長寿ドックのデータ解析からも見る事が出来ます(表1)。甲状腺ホルモンは加齢により生理的活性の高いT3が減少し、T4が増加しますが、男性ではT3の減少傾向が、女性ではT4の増加傾向がより顕著でした。
施設入所者では、健常高齢者よりTP値が低めに分布することが知られています2),3)。複数の介護老人保健施設及び特別養護老人ホームの女性入所者について、私どもが行った調査結果4)を表2に示しました。施設入所者ではTP値、Alb値とも国民栄養調査1)における80歳代の結果より低値でした。さらにCr値、AST値、ALT値およびγ-GTP値も低値でした。個人の前回データとの比較することの重要性を示唆する結果と考えます。なお、血清中のナトリウム、カリウム、クロールには加齢による変化がほとんど見られず2),3)、自己抗体出現率やγグロブリンは加齢とともに増加することが知られています3)。
検査項目 | 介護老人保健施設 (n=470) 86.1±6.6歳 |
特別養護老人ホーム (n=109) 85.8±7.1歳 |
参考: 国民栄養調査 (75歳以上) |
TP(g/dL) | 6.93±0.48 | 6.84±0.54 | 7.4±0.4* |
AB(g/dL) | 3.90±0.35 | 3.86±0.36 | 4.3±0.2* |
ALP(U/L) | 322.3±111.6 | 306.2±97.1 | - |
AST(U/L) | 20.1±8.2 | 20.5±8.0 | 24.5±7.7 |
ALT(U/L) | 12.8±8.4 | 13.3±7.6 | 17.3±8.3 |
γ-GTP(U/L) | 19.5±21.3 | 17.8±4.9 | 20.8±18.7 |
TC(mg/dL) | 200.0±38.3 | 202.0±34.2 | 209.8±29.5 |
BUN(mg/dL) | 18.2±7.3 | 19.3±8.2 | - |
Cr(mg/dL) | 0.72±0.38 | 0.66±0.30 | 0.7±0.4 |
検査結果の解釈にあたっては、高齢期に多く見られる疾患を念頭におくことはもとより、病歴、常用薬剤および服薬歴を確認し、可能な限り本人の以前の検査結果と比較検討することが大切です。検査値は尺度となる値と比較して臨床的に意味をもつと言え、以前の検査結果は最も有用な尺度となります。また基準値および基準範囲は、健常人の測定値が一定の分布をとることを前提に、健康な基準個体を集め、基準母集団を設定し、基準標本群を抽出して設定される値およびその分布の95%が含まれる範囲5)であり、主要な尺度です。年代別に健常者が特定されれば、定義に基づく高齢者の基準値設定が可能なのですが、現実的でないため施設毎などで設定された基準値が使用されています。一方、個々の学会で提唱される診断基準・治療指針をはじめとする病態識別値や治療目標値、腫瘍マーカーなど疾患特異的な検査に対して設定されるカットオフ値、生命の危急に関わりパニック値とも呼ばれる緊急検査値など臨床判断値5)も重要な尺度として活用します。
呼吸機能や循環機能を評価する生理機能検査では、年齢を考慮して解析することが既に一般化しています。また、前述した腎機能を推計するeGFRも年齢を考慮した値です。一方、汎用される多くの臨床検査値において、加齢による変化は前述の基準範囲4)を逸脱するほどではありません。従って過去の個人データが得られない場合は、病歴、身体所見および基準値に基づき、各種の臨床判断値を考慮して診療に当たることとなります。精密検査を進めるにあたっては、検査の侵襲性や忍容性を十分に考慮します。以下に要点を列記します。貧血が見られれば、栄養状態を確認の上、消化管出血、血液疾患、腎性貧血などを考慮して検査を進めます。肝障害が見られれば、肝炎ウイルスの検査と腹部超音波を行うとともに、投薬歴に留意します。高血糖・糖代謝異常が見られれば、糖尿病特有の三大合併症や脳・心血管障害につき検討しますが、悪性腫瘍の併発に注意が必要です。脂質代謝異常、特に高コレステロール血症では甲状腺機能低下症の存在に注意します。なお、糖尿病、甲状腺機能低下症とも認知症との関連が知られています。血清Cr値のみから腎機能を判断することは、いわゆる「サルコぺニア」において腎機能の過大評価を招くことがあるため、注意が必要です。周知のように高齢者は脱水に陥りやすいのですが、病歴・全身状態から明らかに脱水が疑われる場合でも検査値の異常が判然としないことがしばしばあり、過去データとの比較が有用となります。血清ナトリウムやカリウム異常では血清および尿中Crと尿中電解質排泄(スポット尿可)を検討しています。頻度の高い電解質異常である低ナトリウム血症の原因としては、副腎不全やSIADHの他、高齢者に特有の病態としての高齢者鉱質コルチコイド反応性低ナトリウム血症があります。なお、多くは過剰な輸液やサイアザイド系利尿薬による医原性のもので、注意喚起が必要です。
臨床検査について、加齢変化と基本的な考え方を概説しました。臨床検査部では「より早く、より正確に、より優しく」を合言葉に、センターにおける診療・研究を力強く支えるべく、日々研鑽に努めております。これからも、忌憚ないご意見やご指導を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。
- 厚生労働省ホームページ:国民健康・栄養調査(平成22年).
- 巽典之ほか編:高齢者基準値ハンドブック, 中外医学社, 2005
- 岡部紘明:高齢者の臨床検査基準値. モダンメディア 51: 195-203, 2005
- 平成19年度厚生労働省科学研究費補助金長寿科学総合研究事業総括報告書
大腿骨頸部骨折予防技術による施設介護高齢者の転倒恐怖緩和、生活機能及びQOLの維持・向上に関する研究(H18-長寿・一般-033): 17-22, 2008- 金井正光監修:臨床検査法提要 改訂第33版, 金原出版株式会社, 2010
長寿医療研究センター病院レター第43号をお届けいたします。
年齢によって正常値は変わるのか?
そもそも正常値という呼び名と基準値という呼び名はどう使い分けるか?
加齢に伴う検査値変化は、全身の老化の表現形なのか
すべて不都合な変化か、適応現象かなど
検査値の解釈には、未解決の問題が多い。
健常者の健診やドックの加齢変化は
これらを考える基礎的なデータであり
今回をスタートラインとして
検査値の読み方を考えていきたい。
院長 鳥羽研二