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高齢者の関節疾患

病院レター第42号 2013年1月28日

先端診療部 関節科医長
松井康素

はじめに

 高齢者の身体活動の制限をきたす主な要因の一つに「関節の痛み」があります。高齢になると、歩行、立ち座り、階段昇降といった日常生活動作で関節に痛みを感じることが多くありますが、その大部分は、変形性関節症によって生じます。厚生労働省の調査によれば、要支援・介護の原因のうち関節疾患は10.9%であり、転倒骨折と合わせると全体の2割を占め、運動器の障害は、第1位の脳卒中に匹敵すると報告されています。近年特に数が増加している要支援者においては、関節疾患が最も多い原因となっています(図1)。

図1

 また、こうした介護保険対象者となる以前から、関節疾患は高齢者のQOL低下の原因となっています。今回は、高齢者に多い関節疾患、主に変形性関節症についての基本的な事項をまとめましたので、日常診療の参考にして頂ければと思います。

1.高齢者の関節疾患(変形性関節症)の頻度、症状

 最も頻度が多いのは膝関節(O脚変形をきたしている高齢者はほとんどが該当)です。レントゲン診断での患者数は、本邦で約2500万人と推定されています。次に多いのは股関節ですが、痛みなどの症状の重篤度や日常生活への障害の程度では、股関節の方が影響が大きいと言えます。足、肩、肘、指、手など、その他体中のほとんどの関節にもおこりますが、頻度や、障害の程度からみた重要性でいえば、膝関節や股関節ほどではありません。症状は、初期には、立ち上がって歩き出しの際などの動作を開始する時の痛みが主ですが、進行するにつれ、階段昇降時や長い距離の歩行時の痛み、さらに進行すると、荷重をしない時にも痛みを生ずる場合もありますが、痛みが持続することはまれで、安静により軽快します。関節の変形により、関節の可動域(動く範囲)が減少します。

2.高齢者の関節疾患(変形性関節症)の診断

 変形性関節症の診断の多くは、痛みを主とした症状、関節の腫脹や可動域の制限、圧痛の存在などの理学所見、及びレントゲン所見を合わせて行われます。特徴的なレントゲン所見は、関節裂隙の狭小化(特に立位正面像)、骨棘の形成、軟骨下骨の硬化像、進行期には、骨内のう胞像や骨の陥凹像なども見られます。初期の病態は、軟骨の変性ですがレントゲンでは判定できません。また、レントゲンの変形の程度と関節痛の有無や程度とは、必ずしも関連しない場合も多くあります。そのため、より詳細な病態の診断のためには、MRI撮影が行われます。MRIは専門性の高い検査で一般的には多くは用いられませんが、軟骨の磨耗状態、骨棘の形状、靭帯、半月板や関節唇、腱の変性、骨内の浮腫像の有無など多くの情報を得ることができる大変有用な診断ツールですので、当科でも必要に応じて活用しています。高齢者の変形性関節症の中には、骨の脆弱性を伴うことで、急速に関節破壊をきたす場合があり、中には数ヶ月前のレントゲン像では異常所見がほとんどないため、経過をみるうちに関節の破壊が一気に進む例もありますので注意を要します。そうした症例でも、レントゲン像に異常のない時期においても、MRIの脂肪抑制像で骨内浮腫像として高感度に検出されます。原因は、骨内の脆弱性骨折と考えられています。

3.変形性関節症以外の高齢者に多い関節疾患

関節リウマチ:

 CRP陽性で、血清MMP3や抗CCP抗体が高値です。多発性関節炎であり、多くは左右対称性に発症します。

偽痛風:

 リン酸カルシウムの結晶により誘発される関節炎です。CRPは陽性。レントゲンにて関節内に石灰化の所見があり、特別な誘因はなく、急に発症します。非荷重関節にも頻発し、局所の痛みや腫脹発赤があり、全身的な発熱を伴う場合もあります。尿酸結晶により誘発される痛風発作も、高齢者でも発症しますが、若年者ほど男性に好発するということはありません。

4.高齢者の関節疾患(変形性関節症)の治療

 痛みを主とする症状の軽減を目的に、生活指導、運動療法(大腿四頭筋の筋力訓練など)、装具療法、薬物療法などの保存療法が第一選択です。保存療法で改善を認めない場合や、変形の程度に応じて手術的治療を考慮します。

1)保存的治療

a) 生活指導、運動療法

関節に過度の負荷がかからないよう、和式の生活、長時間の立ち仕事や歩行を避け、肥満者であれば、体重を減らすような指導をまず行います。また、大腿四頭筋をはじめとする関節周囲の筋力訓練が大変重要で、また効果がありますが、訓練時に痛みを生じにくい(即ち体重の負荷が少ない)状態での運動(たとえば、水中での歩行、自転車、座位や臥位でのSLR訓練―膝伸展位での保持)を指導します。

b) 薬物療法

非ステロイド性消炎鎮痛剤(外用薬、内服薬、坐薬)の処方が主です。内服薬では、胃腸障害の軽減のためCOX-II選択的阻害剤の使用が増えてきています。注射剤としては、膝関節症に対して主にヒアルロン酸ナトリウムの関節腔内への注射が有効であります。症状が強い場合は、ステロイド剤の注射も行われることもありますが、合併症もあり頻度を限って慎重に使用します。

c) 装具療法

関節動揺性を抑えるための膝サポーターや、内側荷重を減ずるための足底板を処方します。

2)手術療法

 50〜60代前半の比較的若年の患者さんには、膝内反変形を矯正し、内側への荷重を減じ、外側へ荷重を移すための高位脛骨骨切り術や、股関節で臼蓋形成不全を矯正するための臼蓋回転骨切り術が適応されることもあるのに比較して、高齢者に対する手術としては人工関節置換術が適応される場合がほとんどです。人工関節置換術は、歩行時痛の著しい改善効果があり、QOLが大きく改善されるため、症状が強い場合にはおすすめ出来る治療法です。(リハビリも早く、術後2、3日で起立や歩行訓練がはじまります。)ただ一方で、頻度は低いものの手術後の合併症として、深部静脈血栓症に続発する肺塞栓、人工関節の感染や、股関節では脱臼をおこすことがあったり、また膝関節では、関節可動域の改善が困難なこともありますので、手術のメリットデメリットについて丁寧にご説明をした上で選択をして頂いております。人工関節の耐用年数は一般的には15年程度とされており、若年者の手術においては、活動性も高いため、将来の再置換術を避けるために人工関節の適応は限られますが、高齢者では、日常の活動性が低いことが多いので、人工関節の経年的劣化が手術適応で問題となることはほとんどありません。

5.ロコモティブシンドローム(ロコモ)について

 以上、高齢者の関節疾患、主に変形性関節症について記載しました。最後に、ご存じの方もみえると思いますが、ロコモティブシンドローム(ロコモ)について少し触れておきます。ロコモは、日本整形外科学会が2007年に提唱した新しい概念で、お年を召し、骨や関節、筋肉などの運動器の働きが衰え、身の回りの事を自分ですることが難しく介護が必要となる「要介護」の状態や、要介護になる危険性が高い状態を表します。その原因となる疾患は、今回ご紹介をした変形性関節症とともに、腰部脊柱管狭窄症や、骨が弱くなる骨粗鬆症の3つが代表的な疾患と言えます。また、近年注目を集めつつあるサルコペニア(加齢性筋肉減少症)もロコモに含まれます。詳しいことについては日本整形外科学会のホームページや診療ガイドをご参照願えれば幸いですが、人口の急速な高齢化が進む我が国においては、運動器の機能を丈夫に保つことがとても大切であり、多くの国民の方にその重要性に気づいていただきたいとの願いを込めて提唱、普及活動がなされています。

おわりに

 こうした流れを受けて、当センターでは、運動器の障害を全体的にとらえ、運動器専門の外来としてより充実した総合的な診療を行うことができるようにと、原田副院長の指揮の下に整形外科外来の改装が行われ、昨年10月より新しい形でスタートしております。そこでは、従来の整形外科としての、脊椎疾患、関節疾患、骨折や靭帯・腱の損傷などの治療に加え、骨粗鬆症専門の内科の先生方やリハビリ科の先生方にも同じ場所で診察を行っていただき、なおかつ運動機能の各種の専門的な検査が行うことができるように検査設備が整えられています。高齢者の皆様が、いつまでも、自分の足で動き、自立した生活を送るためにより一層お役に立てるよう、関係者ともども、これからも精一杯努力を重ねてまいります。

参考文献

  1. 厚生労働省大臣官房統計情報部:平成24年グラフでみる世帯の状況―国民生活基礎調査 (平成22年)の結果から―,統計印刷工業株式会社,2010
  2. 松井康素、原田敦:関節の老化:CLINICAL CALCIUM Vol23.No1, 15-22, 2013
  3. 日本整形外科学会編:ロコモティブシンドローム診療ガイド,文光堂,2010

長寿医療研究センター病院レター第42号をお届けいたします。

 骨関節疾患は、脳卒中などと違い、少しづつ進行する慢性の形態をとるため、「歳のせい」とか「運動不足」などと片づけられがちで、テレビ広告のなどの「グルコサミン」「コンドロイチン」などで喧伝される内服に惑わされて、実際効果のない治療を信奉しているかたも少なくありません。
 ご自身の骨、関節、筋肉の変化を正しく知って適切な医療アドバイスをうける参考にして下さい。

院長 鳥羽研二