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認知症の身体合併症

病院レター第41号 2012年11月26日

脳機能診療部 部長
鷲見幸彦

はじめに

 認知症は、高齢者に多い疾患であると同時に経過の長い疾患です。そのためその経過中に様々な身体疾患や外傷を合併(身体合併症)します。また身体合併症の発症は、短期的には行動心理症状(BPSD)を発現させる要因となり、日常生活動作を低下させてしまいます。さらに長期的には生命予後に影響することになります。以下に示すような身体合併症は通常の高齢者においても普通に見られますが、認知症では、自己評価の障害や言語機能の障害から自ら症状を訴えることが困難なことがあり発見が遅れることがあります。また入院が必要となることもしばしばですが、体調の悪化に環境変化によるダメージが加わり、せん妄状態となりやすく、しばしば急性期病院での対応が問題になります。本稿では認知症に合併しやすい身体疾患への対応と注意について述べたいと思います。

1.認知症の身体合併症で注意が必要なもの。

 表1に認知症に合併しやすい病態を示します。また外来で注意すべき病態を表2に示しました。

表1
認知症に合併しやすい身体症状

  1. 運動症状
    パーキンソニズム、不随意運動、パラトニア、痙攣、運動麻痺
  2. 廃用症候群
    筋萎縮、拘縮、心拍出量低下、低血圧、肺活量減少、尿失禁、便秘、誤嚥性肺炎、褥瘡
  3. 老年症候群
    転倒、骨折、脱水、浮腫、食欲不振、体重減少、肥満、嚥下困難、低栄養、貧血、ADL 低下、難聴、視力低下、関節痛、不整脈、睡眠時呼吸障害、排尿障害、便秘、褥瘡、運動麻痺
  4. その他

表2
外来フォロー時に注意が必要な身体疾患

  • 発熱 肺炎 蜂窩織炎 褥瘡
  • かゆみ 疥癬
  • 食欲不振 便秘 薬剤性
  • 痛み 骨折 帯状疱疹
  • 感覚器系 耳垢栓塞

1)内科疾患

 脳血管障害は出血、梗塞にかかわらず、それ自体で認知症を起こしうる病態ですが、血管障害自体が直接認知機能障害を起こさなくても、せん妄を引き起こすことがあります。認知症のひとが経過中に突然BPSDをきたした際にはMRIを用いて新しい血管病変の有無を確認することが必要です。近年頻用されるようになったMRIの撮像法である、散強調画像では最近1か月以内の梗塞巣を高輝度で描出でき従来のMRICTでは描出できなかった、微小な病変も診断できるようになりました。心疾患では洞不全症候群に注意が必要で、高齢者でアセチルコリンエステラーゼ阻害薬(AChEI)を内服しているときには常に徐脈の有無を確認する必要があります。AChEIを内服している認知症のひとが受診した際には脈を測ることを習慣にしておくとよいと思います。同様にAChEI内服時に注意すべきは逆流性食道炎と胃潰瘍で、経過中に食欲不振がみられた際には上部消化管の精査を検討します。逆流性食道炎は同時に誤嚥性肺炎の危険因子でもあります。誤嚥性肺炎は終末期の認知症での大きな問題であり、経口からの栄養の可否にも直接関係してきます。Ganguliらも認知症の死因の唯一最大のリスクと報告しています。(Arch Neurol.62:779-784,2005

2)外科・脳神経外科疾患

 腸閉塞は見落とされると致命的になることがありますが、症状が潜行することがあり注意が必要です。腸閉塞の原因として悪性腫瘍や腸間膜動脈閉塞症が存在することもまれではありませんが、悪性腫瘍の場合検査が困難なこともあり進行してから発見されることが多いようです。北川ら当センターの外科は認知症のひとの消化器外科手術では術前に何らかの合併症を有する率が高く、術後合併症では認知症悪化、術後せん妄、肺炎の合併が多く在院日数の延長が認められるが、手術・在院死亡率には差を認めないと報告しています。また十分な術前評価を行い手術適応と術式を決定すれば合併症による在院日数の延長は見られますが、死亡例は増加せず、認知症を有するのみでは手術阻害要因とはならないと報告しています(認知症を有する高齢患者に対する全身麻酔下消化器外科手術.日臨外会誌.66(9):2099-2102,2005)。転倒の頻度が正常高齢者の3倍多い認知症のひとにとって慢性硬膜下血腫は常に起こりうる身体合併症です。何となくぼんやりしている、片方の手を使わなくなった、歩行がおかしくなったなどの訴えがみられる際には頭部CTを行う必要があります。

3)整形外科疾患

 徘徊する患者では大腿骨頸部骨折は7倍になるといわれています。山崎らは認知症のひとの整形外科疾患の特徴として

  1. 骨折の発見が遅れる。
  2. 病院での受け入れが困難。
  3. 来院が遅いため合併症を伴う。
  4. 本人の訴えがはっきりしないため病態の把握が困難。
  5. 骨粗鬆症を伴う。
  6. 骨粗鬆症に起因した既存骨折に対する手術によりインプラントが残存しているため手術方法が困難。
  7. 受傷から時間が経過している例が多く手術が困難。
  8. 術後のせん妄がおこり管理が困難。
  9. 重度の認知症ではリハビリが困難。
  10. 術後ADLの低下で退院先の受け入れが困難。

をあげています(山崎謙、 渥美敬.整形外科疾患と認知症.老年精神医学雑誌.21(3):329-334,2010)。大腿骨頸部骨折に関しては可能な限り早期に手術を行うことにより上記の困難さのいくつかは軽減可能です。また同時に骨折を予防することが重要です。

4)皮膚科疾患

 皮膚科が関係する疾患としては褥瘡、蜂窩織炎、疥癬、帯状疱疹が問題になります。これらの疾患は疾病そのものの治療が重要であると同時に、これらが引き起こすかゆみや痛みがせん妄の原因となることに注意が必要です。蜂窩織炎や褥瘡は隠れた発熱の原因としても見逃しやすいので注意が必要です。

表3

向精神薬 向精神薬以外の薬剤
  • 抗精神病薬
    (フェノチアジン系)
  • 催眠剤・鎮静薬
    (ベンゾジアゼピン系)
  • 抗うつ薬
    (三環系抗うつ薬)
  • 抗パーキンソン病薬
  • 抗てんかん薬
  • 循環器病薬
    (降圧薬、抗不整脈薬、利尿薬、ジギタリス)
  • 鎮痛薬(オピオイド、NSAIDs)
  • 副腎皮質ステロイド
  • 抗菌薬 抗ウイルス薬
  • 抗腫瘍薬
  • 泌尿器病薬(過活動膀胱治療薬)
  • 消化器病薬(H2受容体拮抗薬、抗コリン薬)
  • 抗喘息薬
  • 抗アレルギー薬(抗ヒスタミン薬)
  • 総合感冒薬
    (抗コリン作用の強い抗ヒスタミン薬が使用されている)

5)耳鼻科疾患

 耳垢栓塞が聴力低下の原因になっていることがあります。乾性耳垢の多いアジア諸国では耳垢栓塞になりにくく耳垢に対する関心がうすいといわれていますが、日本でも高齢者、知的障害者では耳垢栓塞の頻度は高い。長寿医療研究センター耳鼻科の杉浦らはMMSE23点以下の患者の4人に一人に耳垢栓塞がみられたと報告しています。認知症患者で聴理解が急に悪化した際には耳垢栓塞の可能性を疑ってみることが大切です。

6)薬物の影響

 多くの薬物が認知機能に影響を与えることが知られています。表3に主要な薬剤を示しました。総合感冒薬や泌尿器病薬、消化器病薬といった一見中枢神経作動薬とは思えない薬剤に認知機能を低下させる薬剤があることに注意が必要です。

おわりに

 お気づきのように認知症の人で注意しなくてはいけない身体合併症は、高齢者をみる際に注意しなくてはいけない疾患や病態と共通です。しかし認知症の人では訴えがあいまいであったり、不正確なことがあること、時には通常みられるはずの訴えが全くないこともあります。より積極的な診察が求められます。


長寿医療研究センター病院レター第41号をお届けいたします。

認知症というと頭の病気で体のことは放って置かれがちですが、体の病気と、頭の状態は密接な関連があり、また、体の病気の治療も、頭に影響し認知症の治療も体に影響します。
当センターは、両方を視野に入れた診断と治療をしています。
診療科の垣根をなくした認知症診療が将来、センター以外の多くの医療機関に広がっていく事を期待しています。

院長 鳥羽研二