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在宅での感染防止対策の基本

病院レター第40号 2012年9月25日

医療安全推進部 感染管理室長
北川雄一

1.はじめに

 高齢化社会の進行にともない、従来、医療機関において行われていたような介護が、居宅で行われる、いわゆる在宅介護が国の政策の下に行われるようになってきました。今回は、免疫機能の低下している高齢者(患者)を家族が介護をする上で重要な、家庭での感染対策についてまとめ、在宅医療での参考にしていただければと思います。
 一般的に在宅介護においては、病院や診療所、介護施設のように厳密な感染対策は不要ですが、介護者が感染源にならないようにすること、および、患者周囲に病原体を持ち込まない、患者から持ち出さない様に配慮することが必要です。しかし、在宅介護においては、医療スタッフが常駐している訳ではなく、医療機関のような医療設備や器具が備わっていないため、病院と同様のケアを行うことは困難で、また介護者には医学的知識が少ない場合がほとんどです。そのため、介護する家族の方への適切な教育が行われなければ、思わぬ感染症を引き起こし、重篤化することもありえます。医療スタッフは、退院時や往診、訪問看護の際に、患者本人や家族の方に対して、適切な感染防止の知識、清潔と汚染の区別等について指導する必要があると考えます。
 本稿では、在宅における感染対策の基本に加え、患者側の問題として、在宅医療における三大感染症と言われている肺炎(気道感染症)、褥瘡感染、尿路感染症と、中心静脈、経腸栄養施行患者等に対する感染対策について述べていきます。

2.感染防止対策の基本は手指衛生

手洗いがおろそかになりやすい部位(大阪府HPを改変)

 医療機関における感染対策の基本は、手指衛生であるとされています。在宅で介護を行う場合の基本も同様に、手指衛生であると考えられます。介護者から患者(周囲)に病原体を持ち込まない、また患者から持ち出さないための基本操作として、手指衛生を徹底することが必要です。在宅における手指衛生は、一人の方の介護をある程度時間をかけて行うことができるため、医療機関のような手袋や手指衛生剤を用いる必要は必ずしもなく、流水と石鹸による手洗い(以下、手洗い)を行うことで十分と考えられます。しかし、手洗いを行うタイミングと、図に示すような、手洗いが不十分になりやすい手指の部位に注意が必要です。
 手洗いのタイミングについては、世界保健機関(WHO)が医療における手指衛生のガイドラインを出していますので、これを参考にすればよいと考えます。その中では、

  1. 患者に接触する前
  2. 無菌操作をする前
  3. 体液暴露リスクの後
  4. 患者に接触した後
  5. 患者環境に触れた後、

の5つの場面が挙げられています。これを遵守することができれば、後から述べる在宅介護の様々な場面での感染の危険を、大きく軽減することができるでしょう。手指衛生が不十分になりやすい手指の場所は、母指周囲や指間などとされています。このことを念頭において手洗いを行う必要があります。最近とくに医療機関では、アルコールを含有した擦式の手指衛生剤が多く用いられています。在宅でこのような製剤を使用する場合にも手洗いと同様な部位の手指衛生が不十分となりやすいので、注意する必要があります。またこうした製剤を使用する場合、明らかに手指に汚れがついている場合には、あらかじめ手洗いを行っておく必要があります。

3.注意すべき患者側の問題

1)気道感染症

 在宅介護における感染症で、最も頻度の高いものです。脳血管障害後遺症などによる寝たきり状態や、神経変性疾患の患者の直接死因は、肺炎が最も多く、在宅療養されている場合でも、肺炎合併時には抗菌薬の投与、補液、酸素吸入などのために入院治療が必要になる場合があり、予防と早期発見が重要です。しかし、特に高齢者では典型的な肺炎症状に乏しい場合も多く、注意が必要です。通常の肺炎は、市中肺炎と呼ばれ、通常の呼吸器感染症の原因となる病原体に起因しますが、誤嚥性肺炎では自分自身の口腔内常在細菌が起因菌となることがあります。また入退院を繰り返している場合や、頻回に抗菌薬を投与されている場合は、MRSAや薬剤耐性の緑膿菌など、いわゆる多剤耐性菌も見られます。高齢者の場合は、結核にも注意が必要です。
 感染経路は、市中肺炎の場合、介護者、家族など密接に接触する人からの感染がほとんどです。そのため、先に述べた手指衛生の徹底や、体調の悪い家族との接触をさけることが必要と考えられます。インフルエンザや肺炎球菌には、症状の重篤化を防ぐうえで有効と考えられるワクチンがありますので、あらかじめ接種を行っておくのもよいでしょう。
 誤嚥性肺炎の予防方法には、以下の3つのポイントが挙げられます。

  1. 誤嚥の防止:
    食事形態の工夫(誤嚥しやすい食品(豆類、粉のついた菓子など)をさける、とろみ食、ゼリー食など)、食事摂取時の体位、嚥下機能訓練
  2. 口腔ケア:うがい、歯磨き、義歯手入れ、舌の手入れ
  3. 食道逆流防止:食事摂取時の体位、嘔吐防止、食後の座位保持

 高齢になると口腔の生理分泌機能の低下により、自浄作用が減退して細菌が繁殖しやすくなります。また、口腔内の分泌物の誤嚥が肺炎の原因になる場合もあることから、日頃から口腔ケアをしっかり行って、清潔に保つことが必要です。また、口腔ケアに用いる歯ブラシやコップは、洗浄後十分乾燥させ、吸痰などの際に汚染される様な場所や、湿った環境で保管しないようにすること
も、細菌の繁殖を防ぐ上で大切です。
 在宅における肺炎防止対策として、ネラブイザーや、気道分泌物を吸引するための吸引チューブの管理が必要となります。 ネラブイザーは直接吸入するため、消毒が不十分な場合、感染源となる可能性があります。ネラブイザーのガラス部分やホースは、しっかり洗浄した後、煮沸したり食器洗浄乾燥機を用いたり、また次亜塩素酸ナトリウム等で消毒し、その後は十分に乾燥させておくことが必要です。吸引チューブの感染管理としては、先に述べたように、吸引操作前後の手指衛生が大切です。吸引チューブは、周囲に接触しないよう気管内に挿入します。吸引チューブの交換は、在宅においては約 8 時間ごとに行います。その他、実際の実施方法は、家族が理解し、対応できる方法をとることが大切です。使用後には水を吸引し、次の使用の際まで汚染しないよう、エタノール加ベンザルコニウム製剤等に漬浸しておく等も一例です。

2)褥瘡

 褥瘡の感染管理のためには、褥瘡の処置だけでなく栄養管理や一定時間ごとの体位交換を行うことが必要です。褥瘡部位には、様々な細菌が増殖し保菌状態となり、時には深部までの感染状態となるため、褥瘡部位をできる限り清潔に保つことが重要です。褥瘡部位のガーゼ交換や消毒の際は、先に述べた手指衛生を行い、その後、清潔処置の場合は手袋を装着します。手袋の装着は、褥瘡部位の感染が疑われることと、処置中に病的皮膚や粘膜に触れる可能性があるため必要です。病
原体を持ち出さないために、処置後の手指衛生も必要です。

3)尿道カテーテル

 尿道留置カテーテルの長期の留置は、膀胱炎、腎盂腎炎等の尿路感染症の発生率を高めるため、可能な限り抜去する必要があります。しかし、在宅においては様々な事情から長期間留置されている場合があります。そうした状況では、閉鎖式の導尿カテーテルを使用する必要があります。歩行時や車椅子等での移動時もカテーテルと蓄尿バッグを外すと、閉鎖式の意味がなくなり、 細菌混入の危険が増大します。また、蓄尿バッグの位置は尿が膀胱に逆流しないよう、膀胱より上にならないようにする必要があります。細菌の侵入部位は、外尿道口、カテーテルとチューブの接続部、蓄尿バッグの排出口等が考えられます。これらを扱う時には、先に述べた手指衛生が必要です。外尿道口は、周囲に炎症がなければ細菌の侵入は少ないと考えられます。しかし、外陰部の清潔保持は感染防止につながるため、入浴や陰部洗浄などで、外陰部や外尿道口周囲を清潔にしておく必要があります。カテーテルは、下腹部あるいは大腿部にゆとりをもって固定し、屈曲しないようにする必要があります。蓄尿バッグの排出口は、細菌が排尿口から侵入するのを防ぐ必要があるため、清潔に保つ必要があります。また、なるべく8時間以内にバッグから尿を排出し、多量の尿がバッグの中に溜まっていないようにする必要があります。

4) 胃瘻

 食事形態などに注意しても嚥下障害がある場合や、誤嚥性肺炎を繰り返す場合には、経口での食事摂取は困難で、径鼻胃管あるいは胃瘻からの経管栄養による在宅経管栄養がされることがあります。こうした際に注意が必要なのは、衛生的な経管栄養剤の調製、経管栄養バッグ・注入ラインの衛生管理です。経管栄養剤や注入ラインが汚染されると、下痢や腹痛を生じる危険があります。経管栄養剤は、開封後直ちに投与する必要があります。経管栄養の開始前には、手指衛生を十分に行い、バッグやチューブを接続します。投与終了後の経管栄養バッグやチューブは、使用後すぐに洗浄します。この際、チューブや接続部内がしっかり洗浄されるよう工夫する必要があります。洗浄した経管栄養バッグやチューブは、次亜塩素酸ナトリウム等に浸漬します。その後、次回の使用まで浸漬するか、充分乾燥するように保管する必要があります。経管栄養剤はカロリーも高く、残留していると細菌繁殖の母地となりやすいため、注意が必要です。

5) 在宅高カロリー輸液

 経管栄養が困難な場合などでは、在宅高カロリー輸液が行われる場合があります。このような場合、最近では中心静脈ポートが留置されている場合がほとんどです。在宅中心静脈栄養に使用する高カロリー輸液は、定められた環境に保管します。ポート針を穿刺する際は指導された方法で適切に消毒し、消毒した部位には触れないよう注意し、針が抜けたり固定がはがれたりしないようしっかり固定します。調剤や穿刺の前には、先に述べたように手指衛生を徹底する必要があります。持続注入の場合は、週1回の輸液ラインの交換が必要です。間歇注入の場合は、ラインをシングルユースとします。最近、在宅で用いられる輸液ラインは感染防止に優れた閉鎖式システムが採用されていることがほとんどですが、何らかの理由で三方活栓を使用したシステムを使う場合は、三方活栓を汚染しないように注意し、それを取り扱う際には手指衛生を行った上で、アルコール消毒をして接続する必要があります。また、カテーテルが留置されている場合は、特に感染の危険性が大きいため、定期的に刺入部の処置を行う必要があります。ポート部やカテーテル刺入部周囲の発赤、急な発熱のような臨床症状が認められた場合には、カテーテルに関連した感染症の疑いがあるため、直ちに訪問看護師や医療機関に連絡して指示を受ける必要があります。放置しておくと敗血症といった重篤な感染症に至る場合があります。

6) その他

 腹腔ドレナージや経皮経肝胆道ドレナージチューブが装着された状態で、在宅療養される場合も増えてきました。これらのチューブは、本来無菌状態である腹腔内や臓器の内部である肝内胆管に挿入されているため、逆行性感染がおこると敗血症などの重篤な状態を引き起こすことがあります。在宅で介護者がこれらに対する処置を直接行うことは少ないと考えられますが、もし取り扱う場合には、手指衛生を行った上で、指導された方法を厳密に守って行う必要があります。また排液バックは、これも手指衛生を行った上で、適切な方法で排液する必要があります。持続吸引式でない排液バックやGボトルを使用している場合は、逆流しないようドレーン刺入部より常に下に置くよう注意する必要があります。

4.まとめ

 今後ますます在宅医療が進められると、様々な状態の高齢者が、各種の医療器具を装着した状態で、在宅介護を受ける場合が増加してくると考えられます。多くの場合は、訪問看護や往診などでサポートされていると思われますが、年末年始などで間隔が空く場合や、夜間休日などには、介護者が処置を行う機会も増えると考えられます。われわれを含めた医療機関では、感染防止対策を含めた適切な指導を介護者に行って、在宅介護環境を整えていく必要があると考えています。


長寿医療研究センター病院レター第40号をお届けいたします。

 医療従事者を介した感染や、医療器具を介した感染は、患者さんの自己責任(体力、免疫、糖尿病などの感染しやすい状態)と異なり、医療関係者の注意である程度の防止が可能なため、正しい知識が必須です。
 MRSA感染は医療従事者の手から感染が広がることが多く、患者をよく診察する教授、看護師の手のひらには、コンピューターに向かいがちな研修医の数百倍の菌が同定されるという論文もあります。
 高齢者は、粘膜と接する様々なカテーテルを用いる機会が多く、カテーテル自体が粘膜損傷を起こすため、厳重な殺菌対策の知識が必要です。
 今回の解説を日常臨床に活かしていただければ幸いです。

院長 鳥羽研二