本文へ移動

病院

文字サイズ

  • 小
  • 中
  • 大

 

外来診療・時間外診療・救急外来 電話:0562-46-2311

ホーム > 病院 > 医療関係者の方へ > 病院レター > 入院中の高齢者の転倒予防について

入院中の高齢者の転倒予防について

病院レター第33号 2011年7月29日

機能回復診療部長 近藤和泉

 転倒は,抗重力的な姿勢をとって生活していく上で避けられない事象です。特に人間は二足歩行をする動物であり,その重心点が高い位置にある割には,バランスを保つ支持基底面が狭いため転倒する頻度が高くなります。 高齢者がバランスを崩した場合,反応時間が遅く,十分な筋力もないことからその傾向はさらに大きくなります。 能力の低下が進み,坐位および立位を保つことができない時には,転倒に加えてベッドや車椅子,洋式便器などからの転落が加わることになります。
 若年者は転倒しても重大な事故には至りませんが,高齢者では転倒して受ける外力に対する防衛機転が十分に働かず,骨折や頭蓋内の出血など重大な損傷を招く危険性が高くなります。転倒は心理的な負担も増大させます。 再び転倒するのではないかという恐怖から,身体を動かす意欲が減少します。 さらに,意欲低下は不活動につながり,不活動は廃用を引き起こします。 廃用は筋力低下および骨の脆弱化をまねき,骨折のリスクを増大させます。 したがって,高齢障害者において転倒・転落を未然に防ぐことは,外傷を予防するだけではなく,その後の廃用性の変化を防ぐ上で非常に重要な意味を持つことになります。 特に入院中の転倒に関しては、他の病気を良くする目的で入院されるわけですから、転んでけがをしたり、意欲低下を起こすことは本末転倒であり、転倒のリスクを十分に管理する必要性が生じます。

転倒に関連する要因

図1 入院中の転倒に関係する要因

 上記に加えて,覚醒レベル,眠剤などの薬物使用,管理のあり方などが転倒に関係する要因としてあげられます(図1)。その中で最も大きな位置をしめるのは,立位バランス保持の能力です。バランスを保持する能力が健常であれば,そこに他の要因が加わったとしても,転倒のリスクは低くなります。 例えば重度の認知症患者でも,立位バランス能力が保たれていれば転倒には至りません。 それに続いて,特に高齢者の場合は,環境の変化の要因がそれに絡んで来ます。慣れた家の環境から,入院後トイレ・ベッドの位置などが全く異なる病院の環境に適応するのに高齢者では特に時間がかかるため,入院直後に転倒リスクが高くなることがよく知られています。
 このため,入院直後の高齢者の立位バランス能力を鋭敏にとらえ,そのリスク管理に有用な指標が求められています。しかし,代表的な転倒予測ツールであり,日本の転倒アセスメントシート作成の参考にされることが多いThomas's Risk Assessment Tool in Falling Elderly Inpatients (STRATIFY) 1) Morse Falls Scale (MFS) 2)Hendrich II Fall Risk Model (HFRM) 3) などにはいずれも立位バランスを評価する項目が入っていません。また,これらの予測ツールの使用実績も十分なものとは言えないとされています 4)。日本でも転倒アセスメントシートは数多く作られており,それをもとにした管理が行われていますが,それが適切なものであるかどうかの検証が十分に行われている訳ではありません。また,より簡易化し,感受性の高いものにしようという試みもあります 5)

THE STANDING TEST FOR IMBALANCE AND DISEQUILIBRIUM (SIDE)

 The Standing test for Imbalance and DisEquilibrium (SIDE) は,私どもが考案した静的立位バランス保持能力を6段階に分ける尺度です(図2:日本語版は近藤に連絡をいただければ提供させていただきます)。Kirshnerらが提唱するHealth Measurement Scalesにおける判別的な尺度を意図して作成し,障害のある入院患者の転倒リスクを早期にスクリーニングすることを目的にしています。非常に簡便であり,慣れれば1分以内に結果を出せ、有用性も高いため,すでに多くの病院で使われ始めています。信頼性・妥当性に関する検討も終了しており 6),特に重心動揺計を使った各レベルの順位の妥当性に関する研究では高い評価を受けています 7)

図2 The Standing test for Imbalance and DisEquilibrium (SIDE)
開脚・閉脚・つぎ足および片脚で起立位を保持できるかで、立位バランス能力を評価する6段階の尺度

高齢者の受け入れについて

図3 入院高齢者転倒リスク管理システム

 さて,入院後患者さんが立位バランス能力の障害があるとわかった場合,次に問題となってくるのは,高齢者が自分に転倒リスクがあることへの自覚および他からの指摘に対し,それを受け入れる能力(コンプライアンス)があるかどうかです。つまり,立位バランス能力が低くても,コンプライアンスが高ければ危険を回避することができます。したがって,立位バランス能力とコンプライアンスは相補的であり,片方の障害が重度であっても,他方が健常であれば,転倒は起こりません。
 高齢者は、認知症の合併、難聴および年寄り特有の頑固さなどによって,予知できる危険を回避するための周囲からの忠告・助言を無視することが多く,コンプライアンスは低下していると考えられます。そこでコンプライアンスを評価しそれを考慮した上での介入および環境整備が必要となります。
 しかし,このコンプライアンスを評価するための尺度はまだ存在しません。このため私どもで新たに考案する必要があると考えております。現在,長寿医療研究センターでは,七栗サナトリウムと共同して,コンプライアンスを評価できる尺度を開発中です。それが完成し,実際に臨床に投入して,効果が検証できれば,図3に示すように,転倒の管理が非常に簡易化され,わずか数項目の評価で転倒リスクを管理できるようになります。このような新しいシステムの開発が長寿医療研究センターの責務の一つであり,それを広めて他病院での安全管理への導入を進めることができれば、高齢者の入院中の転倒事故を全国規模で減らすことにつながると予想しております。

文献

  1. Oliver D, Britton M, Seed P, Martin FC. Development and evaluation of evidence based risk assessment tool (STRATIFY) to predict which elderly inpatinets will fall: case-control and co-hort studies. British Medical Journal. 1997; 315: 1049-1053
  2. Ang NKE, Mordiffi SZ, Wong HB, Devi K, Evans D. Evaluation of three fall risk assessment tools in an acute care setting. Journal of Advanced Nursing 2007; 60(4): 427-435
  3. Heindrich AL, Bender PS, Nyhuis A. Validation of the Heindrich II Fall Rsik Model: A Large concurrent Case/Control Study of Hospitallized Patients. Applied Nursing Research 2003; 16(1): 9-21
  4. Haines TP, Hill K, WAlsh W, Osborne R. Design-related bias in hospital risk screening tool predictive accuracy evaluations: Systematic review and meta-analysis. Journal Gerontology 2007; 62A: 664-672
  5. 西永正典、宮野伊知郎:転倒リスク簡易評価シートの作成に関する研究:地方大学病院における検討、長寿医療研究委託事業 分担研究報告書76-81
  6. Toshio Teranishi, Izumi Kondo, Shigeru Sonoda, Hitoshi Kagaya, Yosuke Wada, Hiroyuki Miyasaka, Genichi Tanino, Wataru Narita, Hiroaki Sakurai, Makoto Okada, Eiichi Saitoh. A discriminative measure for static posture-keeping ability to prevent in-hospital falls: Reliability and validity of the standing test for imbalance and disequilibrium (SIDE). Jpn J Compr Rehabil Sci. 2010: 1: 11-16
  7. Toshio Teranishi, Izumi Kondo, Shigeru Sonoda, Yosuke Wada, Hiroyuki Miyasaka, Genichi Tanino, Wataru Narita, Hiroaki Sakurai, Makoto Okada, Eiichi Saitoh. Validity study of standing test for imbalance and disequilibrium (SIDE): Is the amount of body sway in adopted posture consistent with item order. Gait & Posture. 2011: in press

長寿医療研究センター病院レター第33号をお届けいたします。 

 地域住民の転倒予測に関しては、環境要因を含めた転倒危険予測スコア(Fall Risk Index)を我々が世界に先駆けて開発し、信頼性、再現性、妥当性などの検討も済み、地域において「転倒予防手帳」に収載し、厚労省の介護予防における転倒予測にも採用されたところです。
 一方病院における転倒予測は、様々な病気や健康状態の不安定がより強いため、簡単ではありません。
 私が班長をしている「転倒予測と有効な介入研究班」でも重要なテーマとなっています。
 今回、リハビリの視点から、バランスに着目した試みが近藤部長から寄せられています。こんな背景から一読下さい。

院長 鳥羽研二