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加齢に伴う免疫力低下とβ-グルカンの是非

病院レター第28号 2010年10月8日

眼科医長 山田潤

 きたる超高齢者社会では健康長寿社会を実現させるべく、「高齢者の社会での自立」だけでなく、「社会活動への復帰」をも目指して、視機能障害の治療・予防・教育に取り組んでいる眼科外来です。近年、医学の大きな躍進のおかげで、眼科においてもレーザー治療や再生医療、そして、緑内障や網膜疾患においても治療や予防方法が確立して参りました。次の10年もどうぞ期待をもって応援お願い致します。
 巷では健康食品が大人気の昨今、EBMに基づいた医学的治療を基本軸としている我々にとって、25%はプラセボ効果で著効はしますが、科学的根拠の乏しさがしばしば気になります。眼科では「ブルーベリーやカシスが眼病に効く」と万能薬のようにもてはやされていますが、ポリフェノールの一種であるアントシアニンの抗酸化作用と、視細胞のロドプシンの分解・再合成を助ける作用とが根拠となっているに過ぎません。今回、β-グルカンについての知見があるのでご紹介致します。

1.シイタケから抽出されたΒ-グルカンであるレンチナンについて

 免疫機能を増強する働きがあるとされた食用茸を煎じて飲むという古くからの民間療法があります。椎茸子実体の成分としてβ-1,3/1,6グルカン「レンチナン」が単離精製され、ガン免疫を増強する働きを有することから(千原、羽室らNature 1968など)、手術不能の再発胃癌におけるヒト2重盲検比較臨床治験が行われました。1985年より抗悪性腫瘍剤(注射剤)「レンチナン」として承認され、医薬品として癌患者に処方されています(ただし、経口摂取では効能を示しません、理由は後述)。レンチナンでの結果をもとにして、科学的根拠が不十分な様々なβ-グルカン製品には注意が必要です。

2.β-グルカンの形や効果は茸によっても異なります

図1 真菌と菌糸類のβ-グルカン

同じ1,3/1,6グルコシド結合によって形成されたβ-グルカンで
あっても、真菌、菌糸類、酵母などでは構造が異なる。また、
同じ菌糸類であっても立体構造が異なるため、それぞれの茸に
おいては同等の作用を有するかどうかについての科学的解析
が必須である。

 グルコース分子がグルコシド結合で重合した多糖類をグルカンと呼び、結合の仕方でα-グルカン(デンプンなど)とβ-グルカン(1-4グルコシド結合で重合したセルロースなど)とがあることを化学で習いました。酵母やカビ類の細胞壁の骨格構造物やキノコ類の多糖成分として存在しているβ-グルカンは1-3グルコシド結合を基軸として1-6グルコシド結合による側鎖が形成されたβ-グルカンです(通称、β-1,3グルカン)。しかし、基本構造は同じでも1-6結合で作成された側鎖の長短や側鎖の間の長短があり、分子の形は全く異なります(図1)。さらに、種に特徴的な高次らせん構造を形成するため、同じ茸類であっても異なる茸では異なった高次らせん構造となります。マクロファージや樹状細胞などの抗原提示細胞の細胞膜表面にはβ-グルカン受容体が存在し、高次らせん構造をしたβ-グルカンとβ-グルカン受容体とが結合して免疫作用を及ぼします。すなわち、β-1,3グルカンは免疫増強作用があると言われてはいるものの、科学的に実証されていない茸の種由来のβ-1,3グルカンでは同様の効果があるかどうかすら不明です。また、β-グルカンには可溶性の多糖として分泌されるものと、細胞壁構成成分由来を代表とする難水溶性のものが存在します。難水溶性β-グルカンに親水基を付けるなどの化学処理を施すとβ-グルカンの立体構造が変化するために同じ効果は期待できません。

3.冷却後や粉末化によってβ−グルカンの経口摂取の効果が激減します

図2 溶液中でのβ-グルカン再凝集と腸管吸収における問題点

β-グルカンはは溶液中でパイエル板を通過出来ない大きさの凝集体を形成する。
服用による効果が得られるためには、β-グルカンが溶液中で0.5μm以下の微粒子で
あることが必要である。

 抗悪性腫瘍剤であるレンチナンは経口投与では効果が得られず、注射薬として使用されてきました。なぜなら、β−グルカンは溶液中で水素結合により会合体(ミセル構造)を形成し、溶液中での粒子径が数百μmの巨大な凝集体となるからです。これは腸管粘膜のパイエル板を通過できない大きさであり、体内に取込まれることなくそのまま排泄されてしまい,効果発現は殆ど期待できません(図2)。ナノテクノロジーの手法を用いて、水溶液中で微粒子化安定したレンチナン含有機能性食品(ミセラピスト®、味の素製)などですと経口摂取効果が実証できました。β-グルカンの純度についての議論はあまり意味がありません。
 余談ですが、古来より用いられている「煎じる」行為は一理ありました。生椎茸を煮て抽出した際のβ-グルカン粒子径は腸管吸収可能な小さい粒子径である一方、一旦冷却したり、粉末化処理を施したりすると、巨大な凝集体を形成します。煎じて熱いうちに飲むという人類の智恵、歴史、経験にはいつも感心させられます。
 また、干しシイタケはエルゴステロールという成分が紫外線によってビタミンDへと変化するため、ビタミンDの良い供給源ですが、β-グルカンは生シイタケに含まれています。

4.TH1免疫応答増強が確か存在し、抗アレルギー効果も証明できました

図3 チオールレドックス偏倚によるアレルギー制御

アレルギーにおいてはTヘルパー2型T細胞(Th2)と酸化型抗原提示細胞
(細胞内還元型グルタチオン(GSH)が酸化型に変換されている)とによる
Th2環境の増幅が生じている。β-グルカンによる細胞内GSH誘導によって
アレルギー制御や体質改善が可能である。

 基礎的な機序だけ記述致します。最も重要なβグルカンの効果発現機序は、マクロファージ上のレセプターと結合して細胞内グルタチオン濃度を上昇させ(還元型誘導:M1誘導とほぼ同義)、IFN-γ産生亢進などを経由してTh1応答を活性化させることです。Th1/Th2バランスは抗原提示細胞の細胞内チオールレドックス状態により制御され、細胞内グルタチオンにおける還元型(GSH)/酸化型(GSSG)のバランスによって調節されています。現在、このチオールレドックス理論を用いてレドックス制御を行う事によって、種々の疾病(癌悪液質・糖尿病・喘息・肝炎・肝硬変・IBD・間質性肺炎・移植拒絶・アレルギーなど)に対する免疫予防効果が立証されてきています。β-グルカンであるレンチナンはまさに還元型誘導によりTh1免疫を上昇させます(図3)。
 実際に、粒子径を経口吸収可能な微粒子化安定したレンチナン含有機能性食品を用いて花粉症に対してヒト臨床二重盲検試験を行いました。季節性アレルギー性結膜炎を有しているボランティア60例を無作為二重盲検法にて2群に分け、一方にミセラピスト®(以下、微粒子化群)、他方に微粒子化されていないプラセボβ-1,3-グルカン液(以下、プラセボ群)を1日1回連続2ヶ月摂取させました。ともに、β-1,3-グルカンを15mg含んでいるものを用いました。

図4 ミセラピスト®服用2カ月による抗アレルギー効果

チオールレドックス偏倚によβ-1,3 グルカン服用(8週間)によるアレルギー自覚症状の改善

 自己評価での効果判定では、2ヶ月間の服用終了時点、および、服用終了2ヶ月経過後において有意なアレルギー症状軽減効果が認められました。本臨床効果は末梢血IgE変化と相関しており、プラセボ群では効果が見られなかったのに対し、レンチナン微粒子化群では服用後4週と8週において、有意にアレルゲン特異的IgE / 抗原非特異的IgEの減少が認められました。臨床効果との間に相関があるか否かを検討したところ、IgE減少率と末梢血CD14陽性単球へのレンチナン結合率に有意な相関が見られました(図4)。以上より、レンチナンが単球に結合し、還元型を誘導し、Th2偏移を抑制することでアレルギー症状の制御が可能となったと確信しております。もちろん、同量のレンチナンを服用しても効果は得られませんでした。いま一度、科学的根拠に基づいた基礎医学的、臨床医学的検証の重要性を感じることができました。

4.さいごに

 近年、老年医学や抗加齢医学といった分野が脚光を浴びています。加
齢という生物学的プロセスに介入を行い、加齢に伴う疾患の発症率を下げることや、健康長寿を目指すといった医学です。加齢に伴いTh1/Th2バランスはTh2に偏倚することから、β-グルカンによるTh1/Th2バランスの補正、すなわち、Th1偏倚が加齢における疾患予防の一つと考えられます。免疫治療・体質改善という治療も含め、今後の研究成果に期待を持っております。


長寿医療研究センター病院レター第28号をお届けいたします。

 偏りのない食事は健康の基本であり、食物成分から抽出された薬剤は少なくありません。健康食品は不足分を補うべく、食事と薬の中間に位置するものですが、地道に効果を検討している多くの研究者の成果が、正しく反映されているとはとても言えない状況です。同じ名前でも効果は雲泥の差がある現状があり、「個人の感想で、効能効果を示すものではありません」というテロップが小さく流れる画面では、大げさな感想が大音響とともに流れています。
 今回お届けする「レンチナン」でも、「口から飲んで吸収可能」という工夫があって初めて「生物学的効果」が得られるという当たり前のことを踏まえて、免疫改善作用を証明しています。
 長寿医療研究センターでは、時間がかかるかもしれないけれど、科学的に根拠のある結果を健康食品情報にも、発信を続けていきます。

院長 鳥羽研二