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頚髄症に対する早期手術のすすめ

病院レター第25号 2010年5月26日

骨粗鬆症科医長 酒井義人

 人間は加齢に伴い骨、関節に変形を来します。四肢の感覚・運動を司る脊髄神経が通過する頚椎においても例外ではなく、脊椎を構成している椎間板、椎間関節、靱帯に加齢現象(変性といいます)が起こり、それぞれ椎間板突出、椎間関節の変形、靱帯の肥厚などが起こる状態を頚椎症といいます(図1)。この頚椎症によって骨の中を通る脊髄が圧迫されると頚椎症性脊髄症(頚髄症)が、脊髄から分岐している枝である神経根が圧迫されると頚椎症性神経根症となり、それぞれ圧迫された神経の症状が出現します。頚髄症は日本人に多い疾患で、ある程度進行すると治療後の回復が悪いばかりでなく、ちょっとした転倒やむち打ち事故などで重篤な四肢麻痺となり一生車椅子や寝たきりになってしまうことあるため、早期に手術治療を考慮すべき病態といえます。放置すると恐ろしいこの病気について病態と治療法について説明します。

1.頚髄の解剖

図1 頚椎症発生の要素
(文献1989 Panjabiより引用)

①黄色靱帯による絞扼
②椎体後方骨棘と黄色靱帯による絞扼
③椎体のすべりによるピンチ現象

 脊髄は非常に柔らかく脆いため、周囲の骨や軟骨、硬くなった靱帯などで圧迫されると容易に損傷を受けます。脊髄は前方に外側脊髄皮質路があり主に運動を、側方に外側脊髄視床路があり主に表在感覚(温覚、痛覚、触覚)を、後方に後索があり主に深部感覚(位置覚、振動覚、識別覚など)を司っています(図2)。圧迫を受ける部位によって症状が異なり、前方・側方では体性局在が内から外へと頚髄→仙髄と順をなしているため、頚髄症で脊髄内側が障害されると頚髄すなわち上肢症状が、外側が障害されると下肢症状が出現されます。後方の障害ではわずかな障害部位の違いにより上肢・下肢の症状のいずれか、または両方が出現することが図2から判ると思います。またさらに外側の圧迫で脊髄から分岐する神経根のみが障害されると神経根症となり、障害神経根のみの症状が出現します。この場合、脊髄は障害されず、罹患神経根の支配領域のみのしびれや痛み、運動障害で済むため比較的軽症で、多くが手術せずに治癒(神経が慣れる?)します。

図2 長経路(long tract)の体性局在

2.頚髄症の症状

 好発年齢は70歳代が最も多く見られますが、早い人では50歳代後半からみられることもあります。初発症状は手指のしびれであることが50~60%で、筋力はあるのに思うように足が前に出ない歩行障害(痙性歩行)であることが10-20%あります。首が痛いとか肩がこるといった症状から始まることは10%以下と少なく、四肢のしびれと歩きにくさを自覚したら要注意です。また、排尿困難や若い男性ではインポテンツで発症したという珍しい症例もあります。また、高齢者では脊髄後方にある黄色靱帯が肥厚し脊髄を圧迫することもあり、後索障害として細かい作業(箸が使いにくい、ボタンがはめにくい、字が書きにくくなった)が障害される手指巧緻運動障害や、自分の手足の位置が分かりづらいといった位置覚障害も高齢者によく見られる症状です。
 神経根症と異なり脊髄自体が圧迫される頚椎症性脊髄症(頚髄症)では、脊髄の易損性と不可逆性から一度発症すると自然に治癒することは稀で、ほとんどが慢性に経過していくうちに重症化します。また放置された方で、後に転倒や交通事故で首を傷めて四肢麻痺状態で運ばれ、手術の甲斐なく車椅子や寝たきりとなることもあります。

3.治療法

図3 73歳女性

比較的急性に両手指運動障害と歩行障害が
出現した。第4-6頚椎での著明な圧迫に加え、
多椎間での狭窄がみられる。また脊髄内が
第5-6頚髄間で髄内高輝度を呈している。

 症状がしびれのみの場合はまだ軽症といえます。この場合、ビタミン剤や鎮痛剤で症状が緩和されることがあり、通院で経過観察していれば十分な人もみえます。しかし自覚症状が乏しくても、外側脊髄皮質路の障害(錐体路障害)の所見である腱反射亢進やバビンスキー反射やホフマン反射といった病的反射が出現していれば、脊髄障害が既に出現していると判断して手術をすすめることがあります。
 上記の運動障害が出現したら早期に脊髄の圧迫を解除する手術を行うべきです。この時期になると薬剤やリハビリテーションなどではもはや回復することは不可能で、ひとたび運動障害が出現すると病状はゆっくりではありますが進行するからです。また図3のように脊髄が著明な狭窄を呈している状態では、脊髄神経は非常に易損性が高い状態といえますので、軽微な外傷で容易に運動麻痺へと発展してしまいます。脊髄内の高輝度陰影は脊髄の不可逆性変化と考えられており、できればこのような変化が出現する前に手術することが望ましいといえます。
 手術は全身麻酔下に後方からアプローチし椎弓形成術という術式を行うことが一般的です。この手術は頚髄症が本邦で多いこともあり、1978年に日本で報告された手術法です。ドリルで圧迫のある部位の頚椎を削りドアを開くようにして椎弓を開けていきます。中央を開くか、左右どちらかを開くかは外科医の好みで選択されることが多いようですが、どちらで行っても治療成績には変わりがありません。図3の頚髄症患者の術後MRIは図4のように脊髄に対する十分なスペースが確保されています。拡大して開いた椎弓はまた元に戻ってしまうことを予防するため、スペーサーと呼ばれるもので固定します。若年者では自家骨を用いることもありますが、高齢者では骨が脆いためハイドロキシアパタイトなどの人工骨を用いて固定することもあります。(図5)いずれの術式を行っても当院での手術時間は約1時間30分程度です。

図4 術後MRI像

圧迫は除去され、十分な脊髄スペースが
確保されている

4.術後

 手術後は当日と翌日のみベッド上で安静が必要となりますが、翌々日から痛みに応じて歩行や車椅子が可能となりトイレに行くことができます。かつては大きな頚椎カラーを1ヶ月近く着用していましたが、近年では徐々に外すまでの時間が短くなり、傷の痛みが少ない方は全く着用せずに退院できる方もいます。合併症としては、脊髄神経が除圧された際に神経が引き延ばされ、一過性に上肢運動麻痺(C5麻痺)が出現する可能性が2~3%の割合で起こります。この麻痺はほとんどが3~6ヶ月以内に回復します。またこの手術後に軸性疼痛といって肩こり症状のような頚部痛や肩甲部痛が出現することが20~30%の割合であります。この軸性疼痛の機序はいまだ解明されておらず、当院ではレントゲンやアンケート調査、僧帽筋の筋電図や筋硬度を用いた詳細な研究を行っています。

図5 椎弓形成術後のスペーサーによる固定

5.おわりに

 頚髄症は癌と違って生死にかかわる病気ではありませんが、高齢者の日常生活における活動を大きく妨げる進行性の疾患です。脊椎外科医の診察とMRIを行えば診断は比較的容易です。60歳以上の方で手のしびれを自覚するようになったら症状が進行する前に、是非一度整形外科を受診することをおすすめします。


長寿医療センター病院レター第25号をお届けいたします。

 頸椎症は、中高年によく見られる疾患ですが、正確な診断を受けないで、民間療法に頼っている方も少なくありません。背骨の手術というと、神経に障るから危ないと思っている方も少なくないと思いますが、昨今のこの分野の進歩は著しいものがあります。
 検査でも、MRIによって、圧迫されている神経が患者さんがみてもよく判るようになりました。
 今回「頚椎症性頚随症の手術」の記事を分かりやすくまとめました。一読していただき、早期診断・治療によって、指のしびれや、痛みに苦しむ方の助けになれば幸いです。

院長 鳥羽研二