病院レター第22号 2009年7月30日
包括第三内科(呼吸器科)医長
中島一光
当院ではできるだけ自宅で過ごしたいという患者さんの願いを叶えるため、2009年4月に新しく在宅医療支援病棟(南病棟3階)を開棟し、患者さんとその家族、そしてそれを支える在宅医や訪問看護・介護スタッフの方々の支援を開始することになりました。
呼吸器科と致しましては、肺癌の患者さんが安心して自宅療養できるよう、特に在宅緩和ケアの充実を推進したいと考えております。病院医療と在宅医療が、継ぎ目なくスムーズに移行できるよう、連携を強化していきたいと思います。
さて、肺癌の患者さんが自宅で療養するとき、最も不安に感じるのが、「自宅で苦しくなったらどうしよう」、「痛みは十分コントロールできるのだろうか」ということです。そこで今回は、肺癌患者さんの呼吸困難と疼痛コントロールについてまとめてみました。
まず、呼吸困難と呼吸不全の違いを考えてみましょう。呼吸困難とは「呼吸時の不快な感覚」という主観的な症状であり、呼吸不全とは「酸素分圧(PaO2)< 60Torr」という客観的な病態と定義されます。例えば、過換気症候群のように、低酸素がないのに苦しいと訴える患者さんもいれば、逆に間質性肺炎のように、著しい低酸素があってもさほど苦しく感じない患者さんもいるわけです。癌の患者さんが、呼吸困難を訴えるときには「低酸素がなければ苦しくないはずだ」と考えないで、呼吸困難を正しく評価することが大切です。あくまでもゴールドスタンダードは患者さんの主観的評価であり、必ずしも呼吸回数や酸素飽和度の異常を伴うとは限りません。
しかしながら、低酸素が認められれば、まず酸素を投与します。仮に低酸素が認められない場合でも、酸素投与で患者さんが楽になるという場合には酸素吸入を続けます。
また、生命予後が数週間以下と考えられる患者さんでは、輸液量を一日あたり500~1,000ml以下まで減量することにより、胸水や気道分泌、肺水腫を軽減させ、呼吸困難の緩和を図ります。不必要な点滴がかえって患者さんを苦しめることを、ご家族によく理解してもらうことが必要です。状況に応じて、涼しい外気を入れるなどの環境調整、起座位などの姿勢の工夫、そばに付き添って不安を軽減するなどのケアも忘れないようにしたいものです。
がん患者さんの呼吸困難の薬物療法には、モルヒネが使われます。モルヒネの呼吸困難に対する改善効果は証明されており、治療用量であれば、酸素飽和度の低下や呼吸抑制などを来たすことはなく、死亡を早めることもありません。呼吸困難の治療ステップは、次の3段階に分けられます。STEP1はモルヒネまたは抗不安薬の“頓用”です。ステロイド剤も、その効果と予後を考えて使われます。STEP2はモルヒネの“定期投与”、STEP3は抗不安薬の“追加”です。抗不安薬の単剤投与に関しては、十分なエビデンスはありませんが、モルヒネとの併用で上乗せ効果が認められています。「呼吸困難があると不安を惹起し、その不安がまた呼吸困難を助長する」という悪循環を抗不安薬で断ち切ります。
気道内分泌物が多いときには、分泌物産生を抑制する臭化水素酸スコポラミン(ハイスコ)が有効です。死前喘鳴に対しても非常に有効です。単回投与なら舌下投与としますが、頻繁に使用するなら持続皮下注射します。
がん患者さんの痛みは決して過小評価せず、我慢させたりしないようにします。痛みを適切に評価するために、以下のポイントをチェックします。
一日を通してずっと痛いのが「持続痛」です。鎮痛薬の定期投与・増量を行います。
「突出痛」は、大抵は良いが時々痛くなる痛みで、レスキュー薬が有効です。
「内臓痛」は鈍い痛みで、モルヒネがよく効きます。肺癌の場合には、この内臓痛よりも、 むしろ「体性痛」が多くみられます。「体性痛」は骨転移の場合にみられるズキッとする痛みで、レスキューが重要となります。なお、骨転移によることがはっきりしていれば、放射線治療も考慮します。「神経障害性疼痛」は脊椎浸潤などによる、びりびり電気が走るような痛みです。しばしば麻薬だけでは難治性であり、多くは鎮痛補助薬を必要とします。
実際に感じる痛みの強さを、患者自身に「段階表」で示してもらい、治療効果をみる指標とします。
疼痛コントロールとしては肺癌に特別な治療法があるわけではなく、がん一般の疼痛治療法に準じて行います。すなわちWHOの勧めに従って、非オピオイドのNSAIDsからスタートし、痛みの強さに応じて弱オピオイド、強オピオイドの上乗せへとすすめていきます。このとき、次の5原則に従います。
要点のみ簡単にまとめてみましたが、日常診療のお役に立てれば幸いです。
出展:「日本緩和医療学会 The PEACE Project」
長寿医療センター病院レター第22号をお届けいたします。
国立長寿医療センターでは、 診療科の充実を図り、全国の高齢者医療の先端を進むとともに地域医療の発展にも力を入れています。今月は、呼吸器科の中島医長に 在宅療養における肺癌患者の呼吸困難と疼痛コントロール について解説してもらいました。
今後、病診連携をさらに緊密にして、地域の高齢者医療の充実に取り組んでまいります。
ご支援のほど、よろしくお願いいたします。
副院長 加知輝彦