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認知症の早期発見のために

病院レター第18号 2009年1月22日

神経内科医長 新畑豊

1. 神経内科はどのような科か?

 神経内科は脳・脊髄・末梢神経・筋肉に器質的な障害を受けた病気を専門に扱っています。脳梗塞や脳出血といった脳血管障害、アルツハイマー病をはじめとする認知症、パーキンソン病・脊髄小脳変性症・筋萎縮性側索硬化症などの神経変性疾患、脳炎・髄膜炎などの炎症性疾患や、多発性硬化症・重症筋無力症などの自己免疫異常に引き起こされる病気、末梢神経の障害などが主な病気です。
 これらの病気は診断がつきにくいため、放置されたり、違う病気として扱われたりすることが少なくありません。神経内科ではこれらの病気を正確に診断し、治療のお手伝いをします。
 名前がよく似た心療内科と混同されることが時々ありますが、心療内科は身体症状を中心とする神経症や心身症を主な対象とする心身医学的な診療を専門とする科であり、神経内科とは専門が異なります。
 当施設の神経内科では、一般神経内科外来の他に老年科、精神神経科の先生方と協力し認知症に特化した“物忘れ外来”を運営しています。今回は特に認知症の診療についてお話をさせていただきます。

図1. 長寿医療センター物忘れ外来受診者の内訳

2. 認知症とは? 

 認知症とは一つの病気を指す言葉ではなく、いったん正常に発達した高次の精神機能が、脳の障害により持続的に低下し、家庭生活や社会生活に支障を来すようになった病態の総称です。認知症は、高齢になるほど頻度が増し、65歳人口の1.5%にみられますが、さらに5歳年を重ねるごとに2倍にその頻度が増えるといわれています。 2005年の時点で何らかの介護を要する認知症の患者さんの数は約170万人で65歳以上の人口の6.7%であったとされますが、2030年にはこの2倍の約350万人、高齢者人口の10%以上を占めるものと推計されています。65歳以上の人口が5人に1人以上という世界一の高齢社会に他に例をみない早さで突入した日本においては、認知症に関する問題は医療的、社会的に大きな問題です。

3.認知症をおこす病気

 認知症を引き起こす背景となる疾患は多数ありますが、なかでも最も頻度が高く重要な疾患がアルツハイマー病(AD)です。アルツハイマー病患者さんの脳にはアミロイドβという蛋白質よりなる老人斑や、異常リン酸化タウ蛋白よりなる神経原線維変化などの病的変化が出現し、脳の機能低下に結びつくことが知られています。初期には記憶の低下が中心の症状ですが、進行とともに、判断や物事を計画遂行する能力、言語能力など様々な認知機能の障害が生じ日常生活能力の低下を来すことになります。
 その他にも認知症あるいは類似の症状の原因となる代表的な疾患としては、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症、脳血管性認知症、進行性核上性麻痺、大脳皮質基底核変性症、クロイツフェルト・ヤコブ病、正常圧水頭症、慢性硬膜下血腫、脳腫瘍、脳炎、栄養障害、内分泌疾患、鬱病など多数の疾患があり、これらをできるだけ正確に鑑別していくことが必要です。
 当院の物忘れ外来の平成18年度受診者内訳をみると、アルツハイマー病が約7割を占めていますが、認知症に対する関心が高くなるにつれ、最近では、軽度認知障害(MCI)と呼ばれる軽い物忘れの段階で受診される方の割合が増えてきています。

図2. アルツハイマー病と健常者の脳MRI

アルツハイマー病では矢印に示した海馬の萎縮が
みられる。

図3. アルツハイマー病での脳ぶどう糖代謝低下部(PET検査)

オレンジ色の部が、健常者と比較しアルツハイマー病の患者さんの
脳でエネルギー代謝が低下していることを示している。

4.軽度認知機能障害(MCI)

 MCI(Mild Cognitive Impairment:軽度認知機能障害)とは記憶障害が自覚的および客観的に存在するが、社会的、日常的生活に支障を生じておらず認知症の定義に当てはまる段階ではない状態を指します。MCIの状態からアルツハイマー病が明らかになる比率は年間6~25%程度とされていますが、MCIの中には、経過中に症状の改善がみられる例、MCIのまま留まる例、他の認知症性疾患に移行する例があることが知られています。アミロイドβに対するワクチン療法など病因に基づいた治療薬の開発が進められる今日、どのような方が単なる加齢による物忘れで、どのような方がアルツハイマー病となるのかを早い時点で正確に診断できる様にすることが重要な課題となっています。

5.アルツハイマー病のより早期診断のために

 認知症の診断のためには詳しい問診や高次脳機能のチェックが大事ですが、さらに早期で見つけるためには、客観的に評価可能な画像診断の方法などの確立が課題です。脳の画像診断は大まかに二種類に大別することができます。その一つが、脳の萎縮などを形態学的に診断するMRIやX線CTの検査です。これらの画像診断は脳血管障害の除外のためにも重要な検査です。アルツハイマー病の患者さんでは、脳の内側に位置する“海馬”と名付けられた部分の萎縮がみられるのが特徴です。
 一方、これに対して、脳の病気は萎縮が明らかではなくても働きが低下している場合もあります。これを客観的に評価するために、脳の機能的側面を画像としてとらえる、脳細胞の血流量を測定する脳血流シンチグラム(SPECT)や脳細胞のエネルギーであるブドウ糖代謝を測定するポジトロンCT(PET)といった検査が用いられます。
 我々神経内科医は、他の関係科の医師や当施設研究所長寿脳科学研究部の研究者と協力し、認知症の画像診断に取り組んできました。MCIの段階より長期的に追跡し、アルツハイマー病に移行した患者さんにおいて、当初にどのような特徴がSPECT、PET上で捉えられるのかを日本全国の多数の施設で共同し検討する研究(J-COSMIC, SEAD-J)が、当施設を研究の中核の一つとして数年前より行われています。SPECTについてはまもなくその結果がまとめられ公表の準備段階に入っています。
 また、昨年より米国に端を発するアルツハイマー病診断の為の客観的マーカーの確立を目的としたさらなる大規模調査(J-ADNI)が始められ、当施設においても進行中です。さらにこれらと平行し、アルツハイマー病の脳の中に蓄積する老人斑をBF-227という薬を用いたPET検査で描出する試みが東北大学などと協力し進行中です。

6.おわりに

 アルツハイマー病は高齢者では非常に頻度の高い病気であり、早期発見治療は今後一層加速する高齢社会においてさらに重要性を増していく課題です。できるだけ正確に早期段階での診断ができるよう、医療も進歩しつつありますが、そのためには患者様方の御協力が不可欠な要素でもあります。明るい未来の高齢社会をともに築くためにご協力をお願いいたします。


長寿医療センター病院レター第18号をお届けいたします。

 長寿医療センターでは、 診療科の充実を図り、全国の高齢者医療の先端を進むとともに地域医療の発展にも力を入れています。今月は、 神経内科医長の新畑先生に認知症の早期発見について解説してもらいました。

 今後、病診連携をさらに緊密なものといたしまして、地域の高齢者医療の充実に取り組んでまいります。
 ご支援のほど、よろしくお願いいたします。

病院長 太田壽城