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高齢者の外耳道衛生

病院レター第10号 2007年9月28日

耳鼻咽喉科医師 内田育恵

 国立長寿医療センター耳鼻咽喉科は、2001年4月1日より常勤体制となり、耳鼻咽喉科領域の高齢者医療を担当しています。平成18年9月1日から平成19年2月28日までの半年間に当科を受診した初診患者さんの年齢分布を見ると、60歳以上が66%を占めています(図1)。60歳以上の方の初診時症状は、表に示すように、めまい、難聴、咽喉頭異常感などが多く、他の一般病院で若年者の初診時に多くみられる、耳痛、発熱、鼻汁などの炎症性疾患に関連する症状の割合は少ないのが特徴です。高齢者に多い耳鼻咽喉科疾患としては、難聴、平衡障害、口腔乾燥症、嗅覚・味覚障害、いびき症を含む睡眠時呼吸障害、咽喉頭異常感症、音声障害、嚥下障害などがありますが、今回は、他の年齢層の成人に比べて、特に高齢者で多く見られる外耳道病変について取り上げます。耳あか(耳垢(じこう))は90歳以上の初診患者さんの症状の中で、2番目に多い主訴でした(表1)。この耳垢や、外耳道の慢性的な痒み、湿潤などについては病気として認識されることが少なく、長期間にわたり放置される傾向がありますが、本稿でお示しするように、思わぬ進展をきたすことがあり、適切なお手入れが必要です。

図1 当耳鼻咽喉科外来の初診患者年齢分布
(平成18年9月~平成19年2月)

表1 当センター耳鼻咽喉科
初診時症状で多いもの

  1位 2位 3位
60歳代 めまい 難聴 咽喉頭異常感
70歳代 めまい 難聴 耳鳴
80歳代 難聴 めまい 鼻出血
90歳以上 難聴 耳垢 嚥下障害

1. 外耳道真珠腫とその類似疾患

 耳垢は外耳道に開口する汗腺の一種である耳垢腺と皮脂腺の分泌物に、外耳道表面の脱落した角化層が混ざり合って生じます。外耳道は、外側1/3は軟骨で、内側2/3は骨によって裏うちされていて、それぞれ軟骨部外耳道、骨部外耳道と呼ばれており、外耳道皮膚は鼓膜の上皮層と連続しています。鼓膜と外耳道の皮膚には、特異な自浄機能が備わっており、鼓膜中央の表皮は、日を追って鼓膜上を放射状に鼓膜周辺へ移動し、さらに外耳道を入口部方向へ移動します。この表皮の移動はmigrationと呼ばれ、移動速度は1日あたり約1mmと言われています。外耳道内部の老廃物は、この鼓膜と皮膚の自浄作用により同じ部位に堆積することなく、外耳道入口部方向へ排出され、異物の侵入も防いでいるとされています。
 しかし外耳道に表皮角化物が多量に堆積し、骨部外耳道の拡大が生じている症例があり、そのような病的状態を外耳道真珠腫と呼びます。図2に健康な鼓膜と外耳道を、図3には耳垢が堆積した外耳道入口部を示します。耳垢は単なる不要な排出物で、その裏に重大な病変が隠れているとは思われず、高齢者では何年も、場合によっては何十年もの間、外耳道内に蓄積して硬く頑強に充塞してしまうことがしばしばです。

図2 健康な鼓膜と外耳道

図3 耳垢が堆積した外耳道

図4 89歳女性.外耳道真珠腫.

堆積した耳垢と表皮角化物を取り除いたところ(右耳)骨部外耳道の前壁(a)および
下壁後壁(b)の骨組織が破壊されて拡大している.
(黒点線部分が鼓膜,赤矢印部分が外耳道壁拡大を示す)

 図4に示す症例は、難聴を主訴に受診され、耳を見ると両耳とも耳垢が固まって外耳道を完全に閉塞していました。左耳は比較的容易に耳垢を除去することができましたが、右耳については耳垢を軟化させる薬や局所麻酔薬を何度も用いて表面から少しずつ除去し、5回以上通院を要して最終的にすべて取り除くことができました。完全除去後の観察では、骨部外耳道の前壁および下壁の骨組織が広く破壊され、表皮はびらんと発赤を認めました。点耳薬等の局所治療を行い、外耳道皮膚表面の炎症がおさまった時点の外耳道所見が図4の状態です。
 同症例の中外耳CT(軸位断)を図6に示しますが、健康な外耳道(図5)と比べると入口部よりも深部の外耳道の方が広く拡大しています。耳垢が充満して深部外耳道を圧迫し、皮膚が炎症を起こしその下の外耳道骨に圧迫壊死や炎症性化学物質の作用による骨吸収が生じ、結果として入口部から取り出せないほどにさらに堆積物が大きく骨に食い込んで成長するという悪循環に到ります。

図5 健康な外耳道(軸位CT像)

図6 図4症例のCT像.

真珠腫清掃後、外耳道の前壁、後壁の骨が破壊されている.

図7. 70歳男性.外耳道真珠腫.

真珠腫清掃後.外耳道後壁の骨が破壊され、乳突腔内まで
骨が破壊されている.(軸位CT像)

 外耳道真珠腫の成因については、多くの説があり未だ解明されていませんが、学説の一つにmigration 抑制説があります。外耳道深部皮膚の自浄作用である migration が抑制され、耳垢、異物が堆積しやすくなり発症するというものです。類似した疾患概念に閉塞性角化症(keratosis obturans)があり、こちらは若年者で両耳に生ずることが多く、耳痛が急性で強く、副鼻腔炎や気管支拡張症を合併することが多いとされています。気管支拡張症→迷走神経刺激→耳垢分泌亢進→耳垢栓塞→表皮角化亢進というプロセスが原因と言われています。外耳道真珠腫は閉塞性角化症に比べると、高齢者で一側性であることが多く、耳痛も慢性の鈍痛であると言われています。

2.難治性の外耳道炎

 この他、高齢期に多くみられる難治性の外耳道疾患として、外耳道真菌症、悪性外耳道炎など
があります。

  • 深部外耳道皮膚の局所感染防御機能が低下し、自浄作用が消失したときに、真菌が寄生、繁殖して感染病変を起こすのが外耳道真菌症です。
  • 糖尿病、免疫能低下がある場合に、外耳道炎が蜂窩織炎、軟骨炎、骨炎へと壊死性、破壊性に周囲組織へ進行するのが悪性外耳道炎です。

3.おわりに

 耳垢や痒みなど外耳の症状は、身近ながら軽視されがちな問題です。外耳以外の領域においても、高齢期にみられる傾向が他の年齢層と違った特徴をもつ場合は多く、耳鼻咽喉科領域の高齢者医療全般に対応すべく努力しています。ホームページでも当科の診療内容をご紹介しておりますので是非ご覧ください。


長寿医療センター病院レター第10号をお届けいたします。

 長寿医療センターでは、診療科の充実を図り、全国の高齢者医療の先端を進むとともに地域医療の発展にも力を入れています。今後、病診連携をさらに緊密なものといたしまして、地域の高齢者医療の充実に取り組んでまいります。この号では耳鼻咽喉科の内田育恵医師に、外耳道の衛生について解説してもらいました。 目まいや難聴でお困りの患者さまがいらっしゃいましたなら、是非、ご紹介下さいますようおねがいいたします。今回のレターが先生の診療のお役に立てれば、望外の喜びでございます。

病院長 太田壽城