本文へ移動

病院

文字サイズ

  • 小
  • 中
  • 大

 

外来診療・時間外診療・救急外来 電話:0562-46-2311

ホーム > 病院 > 医療関係者の方へ > 病院レター > 創傷皮膚科学に基づく高齢者の褥瘡、皮膚潰瘍の診療

創傷皮膚科学に基づく高齢者の褥瘡、皮膚潰瘍の診療

病院レター第6号 2007年1月12日

先端薬物療法科医長(皮膚科)
磯貝善蔵

 国立長寿医療センター皮膚科は、2004年3月センター創立と同時に磯貝が常勤医師として着任し、病院での皮膚科に比較的特化した形で診療してきました。高齢者の皮膚科学、皮膚科医療は他の臨床領域の高齢者医療と異なり、あまり注目されていませんでしたが、高齢者皮膚科学の進歩に貢献したいと考えています。ホームページもご覧ください。

1.褥瘡医療の現状

 褥瘡、皮膚潰瘍の診療は高齢者医療にとって大きな問題にもかかわらず、現在まで診療体系が確立していませんでした。近年、除圧用具の進歩によって病院での褥瘡予防は改善しましたが、褥瘡の病態解析、診断、治療に関する体系的な研究、つまり疾患として褥瘡を捉えようとする研究は大きく遅れていて、褥瘡はすべて同じ経過をとり、画一的な治療を行えば治癒するという誤解を生んでいます。褥瘡は実は非常に多様であり、我々が調査したところでも褥瘡の部位によって特徴に大きな違いがあることがわかりました(図1)。

図1 踵部褥瘡の特徴

 しかし、現在の褥瘡医療は民間療法であるラップ療法やオムツによる治療が安価であることだけから注目され、病態におかまいなく使用されています。さらに栄養補助食品や除圧用具なども、褥瘡に対する効果がはっきりしないまま使用され、医療現場が褥瘡をどうやって扱ったらよいかわからない状態になっています。しかしながら従来の皮膚科学の枠組みでは皮膚潰瘍を詳細に評価する学問体系が存在しないために褥瘡の多様な病態を解析することが困難でした。

2.当センターでの褥瘡、皮膚潰瘍診療について

 当科では、病院での診療を必要とする成人の方を主な対象にしていますが、中でも褥瘡、皮膚潰瘍(熱傷潰瘍、膠原病による皮膚潰瘍など)を診療の大きな柱にしています。褥瘡、皮膚潰瘍の病態はさまざまでいろいろなタイプがあるために、万能の薬剤や手術は存在しません。すぐに治癒してしまう褥瘡、皮膚潰瘍が存在する一方で、長期にわたり治癒せず、皮膚潰瘍で苦しんでいる多くの患者さんがいらっしゃいます。当院では、薬剤師としてこの領域の外用薬物治療にかかわってきた古田勝経副薬剤部長と共同で、高齢者にとって適切な褥瘡、皮膚潰瘍治療をすすめています。特に感染を伴い壊死組織がある急性期褥瘡の治療は、適切な外科的デブリードメントととともに適正な抗菌剤の使用が必須です。これら急性期の患者さんには入院治療をしています。また適応に基づいた外科的なポケット切開、切除を積極的に行っています。不良肉芽の切除も行うことがあります。
 その診療の基礎になるのが当センターで樹立、提唱しつつある創傷皮膚科学(woundermatology)です。これは皮膚の創傷を皮膚科学的、蛋白化学的に評価することによって病態を評価し、原因をつきとめ、さらに最適な治療を選択できるようにした画期的な学問分野です(図2)。つまり現在まで一概に褥瘡、皮膚潰瘍と呼ばれていた疾患を、病態に基づいて分類し、それぞれに適切な治療を選択できます。そのため大掛かりな手術や不要な薬剤を大幅に減らすことが可能です。さらに褥瘡のもつ物理的な性質を克服するためにテープやスポンジを用いた、固定という概念をとりいれ(図3)、優れた実績を残しています。

図2 創傷皮膚科学とは

図3 固定療法

 熱傷潰瘍も高齢者に多い低温熱傷を中心に、適切な外用治療と組み合わせた、できるだけ低侵襲の遊離植皮術による治療を行っています。膠原病、血管炎による皮膚潰瘍では病型、病勢を的確に診断し、ステロイド、免疫抑制剤などの治療と外用治療、外科的治療を組み合わせて治療しています。

3.創傷皮膚科学とは

 創傷皮膚科学とは皮膚の創傷に焦点をあてた新しい皮膚科の分野です。特に病態が複雑な重度褥瘡の診療に威力を発揮します。我々が考案した臨床的、生化学的創面評価体系は、創傷診療のありかたを根本的に変える新しい方法で、薬剤部の古田勝経副薬剤部長、運動器疾患研究部の渡辺研室長、愛知県立看護大学の米田雅彦助教授との共同で開発しています。創傷皮膚科学による褥瘡の病態評価によって特定の悪化要因を効率よく見出すことが可能ですので、看護ケアの労力も軽減できます。同時に創面の状態を適切にコントロールする創傷薬理学に基づいた外用治療は、薬剤部との共同で、また創面への外力適切を分散する創傷工学的診療は、医療工学研究部との共同で患者さんに負担の少ない方法を開発しています。

4.その他の当科の診療について

高齢者に多い膠原病、水疱症:

 高齢者によくみられる膠原病としては強皮症があります。強皮症は現在20名余の患者さんを診療しており、しばしば合併するシェーグレン症候群も同時にフォローしています。生活指導を含めて生活の質を最大限に保つようにきめ細やかな診療をしています。体に水ぶくれができる病気、水疱症としては水疱性類天疱瘡があり、年間数名の患者さんを入院と外来で診療しています。

高齢者によくみられる皮膚腫瘍:

 有棘細胞癌、基底細胞癌などを臨床的、病理学的な検討に基づいてもっとも負担の少ない皮膚外科的治療をしています。できるだけシンプルな術式を選択していますが、時に植皮術、皮弁形成術での再建を行うこともあります。

急性感染症:

 帯状疱疹、蜂巣炎、丹毒など急性皮膚感染症の診療では、高齢者は食欲不振や嘔吐、発熱などの全身症状をしばしば合併します。これらの疾患に対しては臨床所見から原疾患の診断、病勢を判断し、適切な治療を早期に開始すると同時に脱水などに対して適切な支持療法をすることを方針にしています。皮膚細菌感染症では臨床所見から起因菌が推定でき、適切な治療ができます。お陰様でこれら皮膚感染症を多数紹介していただいています。

最後に

 皮膚は生体を包む巨大な臓器であり、外からの情報が生体に入る窓口であるとともに、内からのシグナルを発信する臓器です。それ故に皮膚疾患は患者さんや家族の目に直に曝されるため、診療結果が常に問われることになります。それらに応えるために診療レベルの向上に努力しております。


新年明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。長寿医療センター病院レター第6号をお届けいたします。

 長寿医療センターでは、診療科の充実を図り、全国の高齢者医療の先端を進むとともに地域医療の発展にも力を入れています。今後、病診連携をさらに緊密なものといたしまして、地域の高齢者医療の充実に取り組んでまいります。この号では皮膚科の磯貝善蔵先生に、主に褥瘡について解説していただきました。
 今回のレターが先生の診療のお役に立てれば、望外の喜びでございます。よろしくお願いいたします。

病院長 太田壽城