病院レター第5号 2006年11月13日
医長 角保徳
近年,誤嚥性肺炎や心内膜炎をはじめとする全身疾患が口の中の汚れ・微生物と関連していることや,口腔機能が老化・認知症に影響を及ぼすことが分かってきました。高齢者・要介護者に適切な口腔ケアを行うと,口腔内汚染物や微生物が取り除かれ、さらに,口腔ケアの刺激により唾液の分泌が促進され,自浄作用も強化されます。適切な口腔ケアを普及させ,口腔と全身の健康を維持できたらというのが筆者の心からの願いです。
図1 脳梗塞患者の口腔衛生状態
76歳男性 脳梗塞の患者。片側の食物残渣の蓄積を認め、
歯肉の腫脹・発赤、歯肉溝からの膿の流出を認める。
要介護高齢者は,自分自身で口腔内を清潔に保つことができないので,多くの微生物が繁殖しており,齲蝕や歯周炎も発症しています(図1)。これらは全身の健康にも影響を与え,口腔内で繁殖した微生物が慢性的に呼吸器へ誤嚥され肺炎の原因となっています。汚れた歯肉は炎症により腫脹しており,微生物が血管内へ侵入すれば菌血症を,さらに心機能障害があれば感染性心内膜炎を発症する可能性もあります。不潔な口腔は要介護高齢者のQOL低下を招くのみならず生命にとって危険な状態と考えられます。
図2 口腔細菌と全身疾患との関係
このように、日々の口腔ケアは単に口腔内を清潔にするだけでなく、誤嚥性肺炎や感染性心内膜炎など致死的な難治性感染症を未然に防ぐことができるため、QOL向上の観点からも極めて重要な課題となっています。口腔微生物が関与する全身疾患としては、①誤嚥性肺炎,②感染性心内膜炎,敗血症,③糖尿病,④虚血性心疾患,高血圧,⑤妊娠不全,⑥バージャー病などがあげられています。
ここでは健康な人の口腔ケアと要介護高齢者の口腔ケアに分けて説明します。
普段何気なく行っているブラッシングも、プラークを残さずにきちんと磨くのはなかなかむずかしいものです。齲蝕や歯周病を患うと、歯を失ったり、歯肉がやせたりと口の中の状態は複雑に変化し、口腔清掃はさらにむずかしくなります。加齢による身体・精神機能の低下は個人差が大きく、いつからこのような加齢変化が起こるか予測が大変困難です。ただ「いつまでも若いときのように上手にブラッシングができる」という保証がないのは確かです。そうした複雑に変化したお口の清掃を誰でもが普遍性を持って効率的に行う道具として電動歯ブラシがあります。
国立長寿医療センター口腔機能再建科で、電動歯ブラシをすすめている理由は…
そこで私たちは50歳を過ぎたら、毛先が自動的に動き確実に歯の汚れを落とす電動歯ブラシの使い方に慣れて、将来に備えることが必要だと考えています。より多くの人が歯を守ることで快適な食生活を送っていただけると同時に、致命的な肺炎や心臓病にかかる危険性を少しでも下げることで、より健康な中高齢期を送ることができると考えています。
一見つるつるしているようにみえる歯の表面は顕微鏡で見るとでこぼこしていて細かい傷がたくさんあります。凹凸や傷を放置すると歯垢がたまりやすいだけでなく、食べものの色素が歯に染みこみ黄ばんできます。対処方法としては、PMTCがおすすめです。PMTCとは、定期的に歯科医院で専門家による歯石除去、歯面の研磨、フッ素塗布などの処置です。歯科衛生士が専用の機械を使うことで、歯にこびりついた歯石や歯垢を徹底的に除去し、歯垢がつきにくい歯面を作ります。最後にフッ素を塗布しむし歯を防ぎます。
筆者は一般市民向けの講演で、かかりつけ歯科医師にPMTCをやってもらうようにお願いするようにお話ししています。定期的なPMTCで歯を掃除することはもちろん、同時に歯の定期検診を組み合わせ、齲蝕予防をはじめ、歯の周辺に起こる病気の早期発見ができるメリットがあり、お口の健康増進とさらにはアンチエイジングへとつながります。
図3 “口腔ケアシステム”の実際
高齢化の進展とともに、介護を必要とする人の増加が予測されています。こうした要介護者のほとんどが、口腔内や食べること(摂食・嚥下)になんらかの問題を抱えています。口腔ケアは、摂食・嚥下リハビリテーションの基本をなすものであり、高齢者においては極めて重要なものです。
私たちは、高齢社会を迎え急増する要介護高齢者の口腔保健を維持する方法として標準化された普及型の口腔ケアとして”口腔ケアシステム”を開発しました。(図3)”口腔ケアシステム”は、比較的安いコストで、短時間で、少ない介護負担で、誰が行っても同様の効果が得られ、口腔全体がきれいになるという特徴があり、歯科医療従事者に限らず、誰にでも効果的な口腔ケアを行うことを可能にしました。
図4 当センターホームページから
ダウンロードできる口腔ケアパンフレット
“口腔ケアシステム”の実際については、書籍やビデオが出版されています。口腔ケアのパンフレットは当センターのホームページからダウンロードできますのでご参考になさって下さい(図4)。今後、”口腔ケアシステム”が普及し、要介護高齢者のQOLが向上し、誤嚥性肺炎や心内膜炎をはじめとする全身感染症の予防、歯周疾患、カンジタ症などの口腔局所疾患の予防、口腔機能の維持回復による摂食・嚥下機能の改善、さらにこれに伴う全身の健康や社会性の回復を図られることを期待しています。私たちは多くの皆様が歯を守り、よりよい食生活を送ると同時に、口腔内の細菌が原因となりうる致命的な病気にかかる危険性を少しでも下げ、よりよい長寿社会へ貢献できることを願ってやみません。
口腔機能再建科では、義歯を含む高齢者歯科医療、口腔ケア、口腔外科手術などの専門的医療を行っています。
- 角 保徳、植松 宏:“5分でできる口腔ケア:介護のための普及型口腔ケアシステム”(医歯薬出版)
- 角 保徳: ビデオ“誰でもできる高齢者の口腔ケア“(中央法規出版)
長寿医療センター病院レター第5号をお届けいたします。
長寿医療センターでは、診療科の充実を図り、全国の高齢者医療の先端を進むとともに地域医療の発展にも力を入れています。今後、病診連携をさらに緊密なものといたしまして、地域の高齢者医療の充実に取り組んでまいります。
高齢化が進んでも、多くの高齢者の方が元気であって欲しいものです。 この号では、歯科の角保徳先生に「口腔細菌と全身疾患との関係」について解説していただいています。 先生の診 察なさっている患者さまの中にも、口腔ケアがうまくできていない高齢者の方が多くいらっしゃるのではないでしょうか?
今回のレターが先生の診療のお役に立てれば、望外の喜びでございます。よろしくお願いいたします。
病院長 太田壽城