本文へ移動

病院

文字サイズ

  • 小
  • 中
  • 大

 

外来診療・時間外診療・救急外来 電話:0562-46-2311

ホーム > 病院 > 医療関係者の方へ > 病院レター > 頼られる病院歯科を目指して

頼られる病院歯科を目指して

病院レター第102号 2023年1月1日

歯科口腔外科 中村純也

日頃から病診連携におきまして、先生方にはたいへんお世話になっております。歯科口腔外科の中村純也と申します。現在、歯科口腔外科には私を含め、歯科医師3名、歯科衛生士3名が所属しております。
ご承知のとおり病院に入院される方、外来通院される方の多くは高齢者であり、多数の疾患を併せもち、全身状態や身体機能、認知機能などによって口腔内環境は大きく変化します。抜歯などの侵襲的な処置では出血や感染といった合併症リスクも上がります。当科では病院機能を十分に生かし、こういった方々の口腔健康管理を地域の先生方とともに継続的に行っていきたいと考えております。患者様に頼られ、病院内で頼られ、さらには地域にも頼られる歯科口腔外科を、スタッフ一同目指して参ります。そして、将来的には全国に病院歯科がもっともっと普及する、そんなよい循環を生み出せたらと日々夢みております。今後ともご指導のほどよろしくお願い申し上げます。
今回の病院レターでは、地域、院内で高齢者歯科医療を実践していく中で、われわれが今後特に力を注いでいきたいと考えている2つのテーマについて簡単にご紹介したいと思います。

1.認知症の人への継続した口腔健康管理

図1

高齢者の認知症推定有病者は2020年時点で約600万人と報告されており、65歳以上の約6人に1人が認知症であると推定されています。そんな中、2019年に日本老年歯科医学会より「認知症の人への歯科治療ガイドライン」が発表されました(図1) 。そのガイドラインでは軽度認知障害や認知症の患者に対する歯科医師の対応力向上や、認知症患者の口腔健康管理を切れ目なく地域で継続していくことが推奨されています。しかしながら、認知症患者に提供される医療や介護等の中に歯科専門職が継続的にかかわることができているケースはまだまだ少なく、歯科専門職と他の専門職とが密に連携するシステムの確立が課題となっています。

認知症は病状の進行によって口腔のセルフケア、入れ歯の管理能力が低下し、歯科治療に協力を得ることも難しくなり、口腔内環境は悪化の一途をたどります。さらに8020運動の成果もあり計算上80 歳でも5割以上の人が20 本以上の歯を持つため、潜在的に歯科的問題を抱えるリスクの高い高齢者が増加しています。そんな中で施設や病院などへと生活の場が変化したり、同居者の介護力が低下したりすると、口腔への対応が途切れてしまいます。

このように認知機能の低下が口腔内環境の悪化と関連していることはすでに先行研究でも報告されています(-Morishita,2015)。また、高齢者の口腔内環境の悪化や噛む力の低下は食事摂取量の低下、低栄養と関連していることも明らかにされていますし(-Algra,2021)、高齢期の低栄養は認知症の発症、進行のリスク(-Stewart,2005,-Tolppanena,2014)であるとの報告もあります。これらの報告を総合すると、われわれ歯科専門職が認知症の初期から関わり口腔内環境を維持することによって、QOL向上のみならず、低栄養予防、さらには認知症発症予防や進行抑制に貢献することができるかもしれません(図2) 。

図2

具体的な対応としては、やはり認知症の初期の段階から「かかりつけ歯科を持つこと」が重要です。その後は認知症の進行程度、口腔のセルフケア能力、家族の介護負担などに応じて、歯科専門職の介入頻度や治療内容(細かな歯科治療から疼痛が出現しにくい、口腔健康管理がしやすい口腔内づくりへ)、治療場所(外来通院から訪問診療へ)を少しずつ変えていく必要があります。当科では、QOLを損ねかねない歯科的問題があれば、場合によっては薬物的行動調整として静脈内鎮静法などを活用し処置を行います。そして、生活の場が変わる際は可能な限り次の歯科専門職に情報提供を行うようにしています。
当院もの忘れセンターには年間約1000名の方が新規に外来を訪れます。また、毎年約400名の認知症の方が身体合併症や認知症の行動・心理症状の治療のために入院されています。そのような方々の口腔内を見つめなおすべく、院内、地域の先生方、関係職種の方々とより一層、連携を深めていきたいと思っております。

2.オーラルフレイル

オーラルフレイルとは、口のフレイル(虚弱)という意味で、口腔の機能低下に注目した概念です。具体的には、最近むせやすくなった、食べこぼしが増えた、食欲がない、軟らかいものを好んで食べるようになった、滑舌が悪くなった、口が乾きやすくなった、歯が抜けたままになっているなど、口に関するささいな衰えがオーラルフレイルと考えられています。軽度認知障害患者の多くで、すでにオーラルフレイルを認めるという報告もあります(-Kugimiya,2019,-Nakamura,2021)。 

ささいな衰えとはいえ、むし歯や歯周病による噛みにくさを放置すると、次第に食べやすい軟らかい食品を選択するようになります。しっかり噛まなくてもよい食事が長く続くと口の周りの筋力、噛む力はさらに低下し、更に噛める食品が減る、という負の連鎖を引き起こします。「オーラルフレイルの人はそうでない人と比べ、2年以内に身体的フレイルを発症する確率が約2.42.42.4倍、4年以内に死亡するリスクは約2倍である」と報告(-Tanaka,2018)されたように、オーラルフレイルは低栄養、身体的フレイルにもつながると考えられています(図3)。

図3

図4

オーラルフレイルは概念であると述べましたが、口腔の機能低下に関して保険収載された病名として「口腔機能低下症」というものがあります。歯科診療所において右のような機能評価が実施され、7項目中3項目以上の該当で口腔機能低下症と診断されます(図4)。
当科におきましても、ロコモフレイルセンター、摂食嚥下・排泄センターと連携し、オーラルフレイル・口腔機能低下症の早期発見・早期対応、さらには地域、そして国民の方々への啓発に取り組んでいきたいと考えております。
今回ご紹介しました認知症の人への口腔健康管理、オーラルフレイルへの対応に限らず、高齢者の口腔内は多種多様、ご本人様のお悩みもたくさんあるかと思います。今一度、お口のことで困っていないか、かかりつけ歯科をお持ちかどうか、確認いただけますと幸いです。そして、当院には大規模なセンター、充実した病院機能がございますので、何かありましたらご相談いただければと思います。今後も病診間の連携を深めていけますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。


長寿医療研究センター病院レター第102号をお届けいたします。

 令和4年6月7日、「経済財政運営と改革の基本方針2022新しい資本主義へ~課題解決を成長のエンジンに変え、持続可能な経済を実現~」(骨太方針2022)が、経済財政諮問会議での答申を経て、持ち回り臨時閣議において閣議決定されています。今回の骨太の方針の中では、「全身の健康と口腔の健康に関する科学的根拠の集積と生涯を通じた歯科検診(いわゆる国民皆歯科検診)の具体的な検討」が盛り込まれています。

 現在日本で歯科健診が義務付けられているのは、1歳半と3歳の幼児、そして高校3年生までの全学年が対象となっています。成人後の学生や社会人は歯科健診を受ける義務はありません。しかし、近年では歯の健康が全身の健康に影響を与えるという知見が数多く報告され、定期的な歯科健診は、年齢に関係なく健康寿命を延ばす上で重要であることは明らかになってきました。

 今後、高齢者の歯科健診が積極的に行われ、かかりつけの歯科医の先生への受診が増えてくることが予想されます。当センターに受診された方で、歯科的な異常や口腔機能の低下がある場合は、地域の歯科の先生方と協力して対応して行きたいと考えております。何卒よろしくお願いいたします。

病院長 近藤和泉