病院レター第12号 2008年1月25日
呼吸器科医師 千田一嘉
2003年2月の山陽新幹線運転手の居眠り運転事件以来、閉塞型睡眠時無呼吸症候群(Obstructive Sleep Apnea Syndrome; OSAS)の名が知られるようになりました。OSASは高血圧・糖尿病・高脂血症・肥満といった生活習慣病を高頻度に合併し、未治療の場合には予後が厳しいとされています(図1)。OSASにはCPAP(Continuous Positive Airway Pressure; 持続陽圧呼吸)という優れた治療法があります。OSASの主症状は睡眠中の呼吸停止、日中の眠気といった非特異的なもので、病気と自覚しにくいため多数のOSAS患者さんが未診断・未治療でいるといわれています。国立長寿医療センター睡眠呼吸外来はOSAS患者さんと家族の方が、早くOSASに気付いて適切な診療を受け、快適な睡眠を回復し、合併症の危険を軽減して長寿に導くことを目的としています。
図1 無治療のOSAS患者の厳しい予後とCPAPの治療効果
AHI(Apnea Hypopnea Index; 1時間あたりの無呼吸・低呼吸の回数)が
20以上のOSAS患者さんは、無治療のままでは8年後の累積生存率が
0.63しかありません。一方、CPAP(Continuous Positive Airway Pressure
; 持続陽圧呼吸)治療群は健常者と生存率に差がありません。
当センター呼吸器科では2004年3月以来、180人の入院精密終夜睡眠ポリグラフ検査と121人の携帯型睡眠検査機器による外来検査を実施し、147人にCPAPを導入しました。2006年10月から”睡眠呼吸外来“を開設し、月平均119名のOSAS診療にあたっています。初診の患者さんは月平均6.6人です。現在126名のOSAS患者さんがCPAPを継続しています。転居や通院に好都合な施設にCPAPの継続を依頼した患者さんは10人でした。OSAS疑いで紹介受診された患者さんは37人で、うち18人は外来簡易睡眠検査後の精査依頼でした。
OSASとは睡眠中に無呼吸あるいは低呼吸が1時間に5回以上出現する場合で、日常生活に支障をきたすほどの眠気や倦怠感を伴うものです。無呼吸(Apnea)とは呼吸が10秒以上停止することを指し、低呼吸(Hypopnea)とは50%以上の呼吸低下が10秒以上持続して動脈血酸素飽和度が3〜4%低下するか、覚醒反応を伴うことを指します(図2a)。頻回の覚醒反応によって、睡眠が分断化し深睡眠が減少します(図2b)。
図2a. 未治療のOSAS患者さんの睡眠検査データ
(Polysomnography; PSG)
動脈血酸素飽和度(SpO2)が低下して脳の覚醒反応が
発症し、血圧上昇など全身に悪影響を及ぼします。
図2b. OSAS患者さんのPSG結果(睡眠経過図)
上段には頻回のSpO2の低下が記録されています。
中段には深睡眠の欠落が示されています。
下段には覚醒反応による睡眠の分断化がみられます。
OSAS患者さんは睡眠中に上気道や舌の筋肉の緊張がとれて窒息状態になります(図3)。 肥満、首が短い、アゴが小さい、舌や軟口蓋、扁桃腺が肥大している患者さんはOSASになりやすいとされています。上気道が極端に狭い方は、痩せていても睡眠時に上気道が閉塞するため注意が必要です。また、慢性心不全、脳血管障害後遺症、老化などによる中枢性の睡眠時無呼吸症候群はOSASと鑑別が必要です。
図3 OSAS患者さんの上気道閉塞をCPAPで解除するメカニズム
狭窄した上気道を空気が移動すると大きなイビキが生じ、上気道閉塞をきたすと
hypopneaとなり、完全に気流が停止するとapneaになります。
左図では睡眠中の上気道閉塞により、気流が停止しています。
右図ではCPAPの鼻にあてたマスクから一定圧の気流を送ることにより気道を
確保し、規則正しい呼吸状態を回復しています。
OSASの夜間症状には習慣性の大きなイビキ、睡眠中の窒息感、あえぎ呼吸、呼吸停止、悪い寝相、寝汗、頻回の覚醒、夜間の頻回な排尿、時に不眠などがあげられます。日中の症状は著しい眠気、熟睡感の欠如、慢性的な寝不足感、全身倦怠感、朝の頭痛、集中力の低下、人格の変化などがあります。日中の眠気や居眠りのため仕事上のミスや交通事故をおこしたり、社会的な不適応をきたすこともあります。このようにOSASでは生活の質(Quality of Life; QOL)が低下します。
OSASでは体内の酸素不足がストレスとなって心臓や血管に負担をかけます。高血圧、糖尿病、高脂血症、不整脈、虚血性心疾患、心不全、脳血管障害などを合併しやすいといわれています。OSAS患者さんは心血管病、脳血管障害、注意力低下に伴う不慮の事故で、8年間に37%が死亡するという報告があります。
OSASの検査には睡眠中の呼吸状態や動脈血酸素飽和度(SpO2)を調べて睡眠呼吸障害の程度を判定する携帯型の外来スクリーニング検査(図4)と、睡眠の質まで評価できる入院精密睡眠検査(PSG)があります(図5)。
図4. 外来スクリーニング用携帯型睡眠検査機器
AHIが40以上の重症例ではCPAPが保険適応になります。
しかし、睡眠の質の評価はできないので正確な病態把握
のためには精密検査が必須とされています。
図5. 入院精密睡眠検査(PSG)
脳波を含め睡眠時の全身の状態を検査します。
脚に装着したセンサーからは、睡眠中に脚の異常な
不随意運動が頻発するムズムズ脚症候群などが
診断される場合もあります。
図6 CPAP治療のようす
鼻マスクから一定圧の空気を送ることで上気道の閉塞を
解除して、過剰な覚醒反応を軽減できます。
本邦や米国のOSAS診療ガイドラインではCPAP(図6)が治療の第一選択です。CPAPにより睡眠の分断化が解消され、ストレスから開放されるようになります(図7)。 当睡眠呼吸外来では図8のようにメモリーカードに記録されたCPAPの治療状況を外来のコンピュータで毎月検討しています。図8の症例はCPAPでAHIが改善し、自覚症状も軽快して自発的にCPAPを装着するようになりました。他の治療法としては、歯科・口腔外科的装具の装着や耳鼻咽喉科的な手術などがあります。また、正しい生活習慣の徹底も重要で、体重の減量、横向きで寝てみる、就寝前の禁酒、禁煙、充分な睡眠時間の確保などがあげられます。肥満の解消によりCPAPから離脱できた報告もあります。歯科・口腔外科的装具のマウスピース(Oral Appliance:OA)は、当院の歯科・口腔外科でも作成可能です(健康保険適応あり)。
図7. CPAP治療後のPSG結果
CPAPで無呼吸が消失したことにより覚醒反応が軽減し、
深睡眠が回復しています。
図8. 高齢OSAS患者さんのCPAPの毎月の経過図
毎日4時間以上CPAPを継続し、AHIは著明に減少し、
自覚症状も改善しています。
適切な診療でQOLが向上しうる未診断・未治療の高齢OSAS患者さんが多数見えるはずです。当睡眠呼吸外来ではOSASの啓発活動にも力を入れていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。ホームページでも当睡眠呼吸外来の診療内容を紹介しております。
長寿医療センター病院レター第12号をお届けいたします。
寒の入りも過ぎ、いよいよ寒さも本番になってきました。 本年もよろしくお願い申し上げます。
長寿医療センターでは、診療科の充実を図り、全国の高齢者医療の先端を進むとともに地域医療の発展にも力を入れています。今後、病診連携をさらに緊密なものといたしまして、地域の高齢者医療の充実に取り組んでまいります。この号では呼吸器科の千田医師に、睡眠時無呼吸症候群について解説してもらいました。 お困りの患者さまがいらっしゃいましたなら、是非、ご紹介下さいますようお願いいたします。
今回のレターが先生の診療のお役に立てれば、望外の喜びでございます。
今回は、病院医師の名簿も配付させて頂きます。
病院長 太田壽城