2024年7月22日
国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター
国立研究開発法人国立長寿医療研究センター(理事長:荒井秀典。以下 国立長寿医療研究センター)整形外科部の酒井義人部長らのグループは、名古屋工業大学との共同研究で開発した固有感覚機能診断治療装置(特許取得済み)を用いて、高齢者の難治性腰痛の治療を行い、その効果を明らかにしました。薬物治療やリハビリテーションでも改善しない、高齢者の慢性腰痛に対して、固有感覚機能を診断した上でこの機能を高める特殊な機器を使用することで腰痛の改善が期待されます。
固有感覚機能(proprioception)とは体の各部分の位置、動き、筋収縮の状態などを感知する深部感覚でヒトの姿勢を制御する重要な機能です。例えば目を閉じても足の位置や体の向きがわかるのもこの機能が働いているからです。この固有感覚を司るのは筋紡錘やパチニ小体といった固有感覚受容器が機能して、脳で感知することなく骨格筋と脊髄の間で反射的に調和を保っています。(図1)
近年、この固有感覚機能の低下が腰痛の一因であるとの研究結果が散見されます。そのなかで我々研究チームは高齢の腰痛患者に特徴的な固有感覚機能異常を特定し(参考文献1)、加齢に伴い筋肉が減少するサルコペニア患者でさらにこの機能が低下することを見出しました(参考文献2)。そこで機能低下した固有感覚受容器を特定し、特殊な振動刺激を加えることで固有感覚器機能を賦活化できる装置を名古屋工業大学と共同で開発しました。(図2)(文献3)この装置は30-240Hzの振動刺激を体に連続的に与えた状態で重心動揺計により生体反応を評価することで固有感覚機能が診断でき、機能低下した受容器に対して呼応する周波数刺激を付与することにより固有感覚機能が向上します。実際に、この機器を用いて低下していた固有感覚機能が向上することを確認しました(文献4)。そこで今回実際の難治性腰痛患者にこの固有感覚機能診断治療装置を用いて治療を行いました。
薬物療法の効果のない6ヶ月以上持続する65歳以上の慢性腰痛患者56例を対象に、開発した装置を用いて固有感覚診断を行った結果32例に固有感覚機能低下を認めました。そのためこの32例に機能低下した固有感覚受容器を賦活化する特殊な振動装置を搭載した治療機器を自宅で2週間、体に当ててもらい腰痛と固有感覚機能の改善が得られるか評価しました。この特殊な振動を連日1日3回2週間にわたり体に付与することで腰痛と固有感覚機能ともに改善し、治療を終了してさらに2週経過観察すると腰痛と固有感覚機能ともに悪化していました(図3)。この治療により固有感覚機能の改善は81.3%に認められ、そのなかで73.1%の患者さんが腰痛の改善が得られていました(図4)。
この治療装置を固有感覚機能の低下を伴う慢性腰痛患者に使用することで、腰痛と固有感覚機能の改善が期待されることが実証されました。高齢者の慢性腰痛は薬物療法に頼るところが大きく、骨粗鬆症やするサルコペニアを合併していることも多く、治療に難渋することも少なくないため、新たな治療法の開発が待たれていました。この診断治療機器では従来臨床的には困難であった固有感覚機能の診断を詳細に行うことができ、かつ治療も同時に行える優れた機器であり、今後普及することで慢性疼痛治療にとって福音となる可能性があります。
この研究成果は2024年7月19日、国際誌PLOS ONEに掲載されました。
本研究は国立長寿医療研究開発費の助成を受けて行われました。
Targeted vibratory therapy as a treatment for proprioceptive dysfunction: clinical trial in older patients with chronic low back pain
酒井義人1 森田良文2 河合佳太郞2 福原晟2 伊藤忠3 山崎一徳4 渡邉剛1 若尾典充1 松井寛樹1
国立長寿医療研究センター 整形外科 酒井義人
国立長寿医療研究センター 総務部総務課 総務係長(広報担当)