病院レター第124号 2026年9月1日

リハビリテーション科医師
尾崎健一
脳卒中が我が国の死因第4位に順位を下げて久しいですが、日本人の高齢化に伴い脳卒中患者数は年間188万人にまで増えたと言われております。これら患者さんは片麻痺や嚥下障害、高次脳機能障害といった様々な症状が残存した状態で日常生活を送ることになります。その症状の1つに痙縮があります。
痙縮は脳卒中等発症後数か月経ってから顕在化することも多く、時には麻痺以上に日常生活動作に悪影響を及ぼすため、在宅医療を担われている先生方にもお見知り頂きたい症状になります。
痙縮とは「腱反射亢進を伴った緊張性伸張反射の速度依存性増加を特徴とする運動障害で、伸張反射の亢進の結果生じる上位運動ニューロン症候群の一徴候」と定義されます。かみ砕いて言うと、脳や脊髄由来の中枢性麻痺に伴って生じる筋肉の緊張になります。
痙縮は脳卒中等発症直後で重症なことは少なく、発症後3から6か月で最大となると言われています。有症率においても時期によって異なります。有症率は報告によってばらつきが大きいですが、例えばWisselらは、脳卒中早期で4から27%、脳卒中急性期以降で19から26.7%、慢性期で17から42.6%と報告しています。また、今回は脳卒中を中心に話をしておりますが、脳性麻痺、外傷性脳損傷、脊髄損傷、多発性硬化症などでも痙縮が認められます。
必ずしも「痙縮がある」ことが「治療対象」とはなりません。痙縮によって日常生活動作やケアに支障が出るまたは出そうな場合に治療を考慮します。具体的には、歩行であれば内反尖足により歩けなくなった、歩行が不安定になった、転倒が増えたなどの訴えで治療することが多いです。
上肢では肘が伸びず物が取りづらくなった、肩が挙がらず着替えづらくなったなどがあります。ケアでは、挟み足で股が開かずおむつ替えが困難になった、指が握りこんで爪が切れないなどがあります。また痙縮そのものが痛みの原因となっている場合も治療を考慮します。治療対象の例を図1に示します。

図1. 痙縮による症状と困ること(参考資料4より)

図2. 痙縮治療の選択(参考資料5より改変)
痙縮の治療はWardの分類が有名です。治療の効果が可逆的から不可逆的、範囲が全身性から限局性で治療を分類しています(図2)。しかし、手術やバクロフェン髄腔内投与は紹介先がかなり限られること、フェノールブロックは古の治療になりつつあることから、現実的には抗痙縮薬の内服とボツリヌス治療が選択肢になります。
A型ボツリヌストキシン製剤を筋肉内注射することで痙縮を落とします。作用は神経終末の神経筋接合部のアセチルコリン放出抑制になります。施注後3、4日から効果が表れ、ピークは1か月、3か月程で効果が消失します。施注した筋のみの痙縮を落とせるので、目的に沿った痙縮治療に向いています。
同定の難しい深部筋は電気刺激装置や針筋電図、エコーガイド下に実施し、確実な施注を狙います(図3)。また、作用期間が3か月程と長いため、最初からボツリヌス治療を実施することに不安がある場合は、リドカインを用いたtest injectionを行います。目的筋ないし支配神経にブロック注射を行うと数時間だけ痙縮が落ちた状況を作り出せます。

A型ボツリヌストキシン製剤は、わが国ではボトックス🄬(グラクソ・スミスクライン社)とゼオマイン🄬(帝人ファーマ社)が痙縮に使用可能です。いずれも高価かつ上下肢痙縮では使用量が多いため、患者負担が懸念されがちです。全例ではありませんが、身体障害者手帳による医療費助成が対象になる場合は申請のお手伝いをいたします。
当科では2011年よりボツリヌス治療を行っております。件数は年々増加傾向で、ここ数年は年間200件を超えています。筋のつっぱりでお困りの患者さんがみえましたら、お気軽にご紹介いただけますと幸いです。


長寿医療研究センター病院レター第124号をお届けいたします。
今回の病院レターでは、脳卒中などの後遺症として生じる「痙縮」と、その治療の一つであるボツリヌス治療についてご紹介いたしました。
痙縮は、歩行や更衣などの日常生活動作だけでなく、在宅での介護・ケアにも影響を及ぼすことがあります。「手足のつっぱりで動かしにくい」「歩きにくくなった」「介助が難しくなった」といった症状の背景に、痙縮が関与している場合があります。

当センターリハビリテーション科においては、2011年よりボツリヌス治療に取り組み、近年では年間200件を超える治療を行っています。筋のつっぱりや動かしにくさでお困りの方がいらっしゃいましたら、痙縮の可能性もご検討いただき、ぜひお気軽にご紹介・ご相談ください。
今後も地域の先生方と連携し、患者の生活の質の向上と、安心して地域で療養できる体制づくりに努めてまいります。
病院長 松浦俊博