中高年の歯周病と老化について
老齢、老年、老人、高齢
老齢、老年、老人、他にも老練、老獪なんて言葉もありますが、もちろん少しずつ意味が違います。いずれにせよ歳をとると免疫力が低下し、肉体的、精神的、社会的に変化が生じることが多いため、65歳以上をこのように呼ぶことになっています。長寿医療センターの理念は、高齢者の心と体の自立の促進ですが、そのためには少し長期的視野に立ち、中高年の健康について考えることも大切かと思います。
老化と免疫
加齢に伴い免疫力が低下する理由は胸腺の縮小と考えられています。胸腺は、免疫の司令官T細胞を教育するところですが、老化するとこの胸腺が縮小することが分かっています。胸腺の大きさは、60代では1/4になり、さらに80代では痕跡を残すばかりとなります。
歯と口腔の健康、食事の楽しみ
歯と口腔という器官は、摂食し、咀嚼し、嚥下するときに最も大切な器官です。また、発音や会話、審美にとっても重要な器官です。このような口腔の機能は、幼少期、青年期、中年期を経て、老年期に至るまで、常に重要ですが、特に老年期になると、食事の楽しみや会話の楽しみが人生の楽しみの大きな部分を占めるようになります。
若いうちになるべく、むし歯(う蝕)や歯槽膿漏(歯周病)にならずに健康な歯をたくさん残し、もし、う蝕や歯周病に罹っても、有効な治療を受け、予防に努め、状態を悪化させないことが大切なのは1つにはこのためです。一方で、歯周病は、歯の周りに留まらず、身体全体における各種疾患の危険因子であることが分かってきたため、その観点で、歯周病を予防、治療することが推奨されています。疫学調査では、高齢になるほど歯周病に罹りやすくなることが分かっています。
歯周病と全身疾患
歯周病とは、歯周組織において歯周病菌の感染と生体免疫との間で発生する慢性炎症です。出血や痛みなどの症状が軽いために、治療を受けないまま進行することが多く、このため「沈黙の疾患」(Silent Disease)と言われています。歯周病の難点の一つは、知らず知らずのうちに歯を支える歯槽骨が溶け、結果として抜歯の時期を早める、つまり歯の寿命を縮めてしまうことにあります。また、口臭の原因となることもあります。
最近、だいたい2000年を過ぎてからですが、「歯周病と全身疾患の関係」についてのエビデンス(科学的医学的根拠)が増えてきました。全身疾患とは、一般的に、心・脳血管系疾患(動脈硬化、血栓症、脳梗塞、感染性心内膜炎)、糖尿病、肺炎などのことを言います。
歯周病と血管と動脈硬化
歯周病は歯周組織の慢性炎症ですが、そこで産生された炎症性サイトカインや細菌は、血液や血管を介して、他の臓器へと影響します。例えば、歯周病による炎症は、血管の炎症を惹起し、動脈硬化を促進すると言われています。最近、動脈硬化巣で、歯周病原因菌であるPorphyromonas gingivalis (P.g.)が検出され、報告されました。P.g.は血管内皮細胞に侵入でき、さらには血小板の凝集を促進し、血栓形成を進めることも報告されています。
歯周病と認知症
岩手県で行われた調査では、歯周病の重症度と無症候性脳血管障害との間には正の相関があることが分かり、歯周病と血管性認知症の因果関係についての詳しい調査が進められています。
歯周病と血管機能
歯周病患者を対象としたRandomized Controlled Trial (RCT, ランダム化比較試験)がロンドンで行われ、2007年のNEJM誌に、その結果が掲載されました。集中的な歯周病治療は、一過性に全身の炎症を増大させるものの、6ヶ月後には血管機能の改善をもたらしました。具体的には、血管拡張による血流の改善、好中球レベルと血中可溶型Eセレクチン濃度の減少が見られました。
歯周病と感染性心内膜炎
感染性心内膜炎は、口の中の細菌が血液の中に入り、心臓の弁に付着して炎症を起こす病気です。歯周病に罹っている人は、罹っていない人に比べて、心臓の冠動脈疾患に罹っていることが多く、心筋梗塞の発作も多いことが報告されています。
歯周病とバージャー病
手足の血管が詰まり、悪化すると手足の切断に至る原因不明の難病、バージャー病 (Buerger's disease:ドイツ語読みではビュルガー病)は、日本では閉塞性血栓血管炎とも呼ばれています。日本にも一万人の患者がいると言われ、国の特定疾患にも指定されています。東アジアや南アジアにも多くの患者がいます。東京医科歯科大学の研究グループが調査したバージャー病患者全員に中程度から重度の歯周病が見つかり、しかも、手足の患部のほとんどから歯周病菌 Treponema denticola が検出されました。一方、正常血管の試料からは歯周病菌は全く検出されませんでした。このことからバージャー病と歯周病には深い関係があると考えられています。
バージャー病は、末梢動脈に血栓ができ、末梢部の壊死が起こる病気です。喫煙は血管収縮を起こすため、バージャー病の主たる増悪因子とされ、バージャー病の治療には、温浴、マッサージ、運動などによる血流の改善が行われています。
誤嚥性肺炎と歯周病
高齢になると食べ物を飲み込むときの反射(嚥下反射)や気道にものが入りそうになったときの反射(咳反射)が低下し、誤嚥しやすくなり、このため誤嚥性肺炎の頻度が増えます。誤嚥性肺炎の肺でも数種の歯周病菌が検出されています。誤嚥性肺炎は、口腔内の清掃により、予防、改善できることが分かっています。
糖尿病と歯周病
以前から、糖尿病になると歯周病に罹りやすいことは分かっていましたが、最近、歯周病が糖尿病の危険因子であると言われるようになってきました。そのしくみとして考えられているのは、歯周病によって血中TNFα濃度が上昇し、このTNFαによって全身の細胞のインスリン抵抗性が高まるというものです。臨床疫学のデータでは、歯周病の治療によって、2型糖尿病患者の血糖値や血中TNFα濃度、HbA1c値が低下したとの報告があります。
生活習慣病としての歯周病
このように歯周病は、歯周組織という局所の慢性感染と慢性炎症に留まらず、血液や血管を介して、実にさまざまな全身の臓器へ影響を及ぼすことが分かってきました。特に、高齢者では、免疫力が低下するため、歯周の感染の影響が、様々な形で他の臓器に発現するようです。歯周病もまた、血栓や動脈硬化で悪化する病気で、他の生活習慣病や老年病と同様に、喫煙、ストレス、食生活、栄養状態などに強く左右されることが知られています。身体の中の慢性炎症は、細胞の老化を進め、生体の老化を促進すると言われており、この観点でも慢性炎症である歯周病の予防と治療は重要と考えられます。今後は、生活習慣病の一員、また老化促進因子として歯周病を捉え、予防、治療、そして研究を行っていく必要がありそうです。
2009年2月