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研究紹介コラム 認知症の新しい治療薬アデュカヌマブについて(5)

〜アデュカヌマブが期待したほどには認知機能を改善しなかったのはなぜ?(後編)〜

前回このリンクは別ウィンドウで開きますの前編からの続きです。

アデュカヌマブによる認知機能の改善が限定的だったのは投与の時期が遅すぎたから?

生前にアルツハイマー病の脳の病変を検出する方法が開発された結果、アルツハイマー病を発症するまでには長い潜伏期間があり、比較的緩やかに進む病気であることが分かりました。症状が出る20〜30年以上前から、脳の中ではアミロイドβがたまり始めていて、アミロイド斑が数十年に渡り脳にダメージを与え続けた結果、慢性的な炎症反応、神経回路の損傷、そしてタウ病理が脳の中に広がるなど、発症した時点ですでに神経細胞が失われつつあることも明らかになりました(図1)。そして病気の進行とともに神経細胞はどんどん失われていき、脳を元の状態に戻すことが難しくなっていきます。

アルツハイマー病は、症状が出る20〜30年以上前から、脳の中でアミロイドβがたまり始め、アミロイド斑が数十年に渡り脳にダメージを与え続けた結果、脳の炎症反応や、タウ病理が脳の中に広がるなど、発症した時点では既に神経細胞が失われつつあります。

図1.アルツハイマー病の進行

ワクチン療法や、ソラネズマブ、バピネウズマブ、といった初期の抗体医薬の臨床試験は、すでにアルツハイマー病を発症した患者さんを対象に行われました。認知機能の改善効果が認められなかったのは、投与する時期が遅すぎたことも関係していたのかもしれません。一方、アデュカヌマブの臨床試験は、アルツハイマー病になる前の段階と考えられている軽度認知障害期(プロドローマル期と言います)から軽症認知症期の、早期のアルツハイマー病患者さんを対象としていましたので、認知機能の低下を抑える効果が見やすかった可能性があります(図1)。しかし、改善効果の見られた臨床試験(EMERGE試験)においても、認知機能の低下を22%程度しか遅延できませんでした。これらの結果を受けて、今後はさらに前の時期、つまり脳にアミロイド斑がたまり始めているものの、認知機能は正常な無症候期(プレクリニカル期と言います)の方を対象に、抗体医薬の臨床試験を行うことができれば、アルツハイマー病の発症を遅延できるのではないかと考えられるようになりました。

現在進められているプレクリニカル期を対象とした臨床試験

現在、プレクリニカル期のアルツハイマー病を対象に、全米組織Alzheimer’s Clinical Trials Consortiumが主導するAHEAD研究と呼ばれる臨床試験が、米国・日本・豪州・シンガポール・ヨーロッパなどで展開されています。この研究では、アデュカヌマブに続く新たな抗体医薬として前回このリンクは別ウィンドウで開きます紹介した、エーザイ社のレカネマブ(lecanemab)が用いられ、A45研究とA3研究と呼ばれる2つの臨床試験が行われています。A45研究はアミロイド斑の蓄積がはっきりと見られるプレクリニカル期の方、A3研究はさらに前の段階にある、アミロイド斑の脳への蓄積が始まったばかりのプレクリニカル期の方を対象とした臨床試験です。この他にも、イーライリリー社のソラネズマブ(Solanezumab)や、新たな抗体医薬のドナネマブ(donanemab)をアルツハイマー病のプレクリニカル期にある方々に投与して有効性が検討されています。

これから本格的になるアルツハイマー病の予防・治療薬開発に向けた取り組み

このように、今後のアルツハイマー病治療薬の臨床試験は、プレクリニカル期を対象に行うことが重要になると考えられます。しかし、プレクリニカル期の方は無症状のため、医療機関を積極的に受診することはありません。そのため、発症前から予防的介入を行うことは非常に困難であり、また同時に治療法の開発も遅れるという問題に直面してきました。

この問題を解決するために、2019年から国の研究費(日本医療研究開発機構)の支援を受けた東京大学の岩坪威教授が中心となって、アルツハイマー病のプレクリニカル期にある方々を見出して効率的に診断する、J-TRC(ジェイ・トラック)と呼ばれるシステムの整備が始まりました(文献1)。ちなみにJ-TRC研究の意味は、認知症予防薬の開発のために、Japanese(日本人の)、Trial(治験に)、Ready(即時に準備できる)、Cohort (コホート:人の集まり)をつくりあげることを目的とする研究と説明されています。

J-TRC研究には、50歳から85歳までの認知症を発症していない方々に参加してもらい、インターネットを介してウェブ上での認知機能検査などを継続的に行う「J-TRCウェブスタディ」と、将来的に発症のリスクが疑われる方などを、医療研究機関に招待して行う「J-TRCオンサイト研究」があります。当研究センターもオンサイト研究の医療機関に指定されており、対面での認知機能検査、アミロイドPETスキャン、血液バイオマーカー等の精密検査を行い、希望される方への治験情報の提供も行っています。2019年3月のスタートから2022年1月19日までの登録者数が、ウェブスタディに7,540名、オンサイト研究に333名に上ったことが本年2月に発表されました。今後、プレクリニカル期を対象とする超早期治療薬の臨床試験が活発になると予想され、J-TRCのさらなる拡充が期待されています。

さて、アミロイドβに対する抗体医薬や薬剤を、無症候段階のプレクリニカル期から投与すれば、アルツハイマー病を予防的に治療できる希望が見えてきました。しかし、アルツハイマー病を発症した患者さんへの治療はどうすれば良いのでしょうか?そもそも、脳にアミロイド斑がたまると、どのようにして神経細胞が死んでアルツハイマー病を発症するのでしょうか?次回の最終回では、アルツハイマー病を発症した患者さんの脳の中では何が起きているのか、また治療薬の開発に向けて、私たち研究者がどのように考えているのかを紹介します。

(つづく)

文献

  1. J-TRC(ジェイ・トラック)研究
    https://www.j-trc.org/ja/welcomeこのリンクは別ウィンドウで開きます

 

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