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研究紹介コラム 認知症の新しい治療薬アデュカヌマブについて(1)

はじめに

人生100年時代を迎え、認知症がますます身近な問題になっています。昨年(2021年)の6月に、認知症の新しい治療薬が、アメリカで条件付き承認されたことがニュースになりましたが、覚えていますか? この薬、aducanumab(以下、アデュカヌマブとします)という聞き慣れない名前が付いていました。ちなみに製品名は、バイオジェン(Biogen)社と日本のエーザイ(Eisai)社が共同開発したAduhelm(アデュヘルム)と言います。でもニュースを聞いていて、条件付き承認とはどういうこと?など、少し歯切れが悪い感じもしました。 そんな中、昨年末の12月22日、日本の厚生労働省は、アルツハイマー病治療薬としてのアデュカヌマブの承認を見送り、継続審議する決定を下したことがニュースで報じられました。 そこで研究所コラムの第1話では、アデュカヌマブについてシリーズでお話ししていきたいと思います。今回は、アデュカヌマブはどんな薬かを解説します。

認知症のおよそ半分はアルツハイマー病

認知症といえばアルツハイマー病が有名ですが、それはアルツハイマー病が認知症の半分以上を占めているからです。今回取り上げるアデュカヌマブは、アルツハイマー病の治療薬として開発されました。アルツハイマー病は、記憶力の低下にはじまり、次第に自立した生活が困難となり、ついには寝たきりに至る、進行性の神経変性疾患(神経細胞がどんどん失われてしまう病気)です。

 

アルツハイマー病の原因は脳にアミロイドβが溜まること

アルツハイマー病の原因であるアミロイドベータペプチドは,脳内で凝集し,アミロイド斑と呼ばれる大きな塊となって蓄積します。

図1.アルツハイマー病の原因は、脳にアミロイド斑が溜まること

アルツハイマー病は、老化に伴いアミロイドβと呼ばれるペプチド(42個のアミノ酸が鎖状につながった分子)が、脳に溜まることが原因だと考えられています(図1)。

アミロイドβは、健康な人の脳の中にも存在しますが、脳の中で分解されたり、脳の中から排出されたりするので、すぐに脳の中に溜まることはありません。しかし、老化やその他の理由で、脳の中で老廃物を処理する能力が弱まると、溜まってきたアミロイドβがお互いにくっつきあって(これを重合といいます)、ますます分解や排出を受けにくくなります。するとそれらが次第に大きくなり、老人斑(アミロイド斑)と呼ばれる大きなかたまりを形成します(図1)。この老人斑が、脳にたくさん溜まってくると、神経細胞が死んでしまい、脳が正常に働かなくなるために、認知症を発症すると考えられています。この考え方は、「アミロイド仮説」と呼ばれています。

 

アデュカヌマブはアルツハイマー病の原因に働きかける疾患修飾薬

現在使われているアルツハイマー病の薬には、患者さんの脳の中で弱った神経細胞の働きを補う薬(コリンエステラーゼ阻害薬)や、神経細胞が死んでしまうのを遅らせる薬(NMDA受容体阻害薬)があります(図2)。これらはいずれも、症状を一時的に和らげることを目的とする「対症療法」と呼ばれ、アルツハイマー病の発症や進行を止めることはできません。

現在使われているアルツハイマー病の薬には,神経細胞の働きを補うコリンエステラーゼ阻害薬と,神経細胞の傷害を抑えるNMDA受容体阻害薬の2種類がありますが,どちらも病気の進行を止めることはできません。

図2.現在使われているアルツハイマー病の薬は症状を緩和する作用を持つ

アデュカヌマブは,アルツハイマー病の原因と考えられるアミロイド斑を脳から取り除くことを目的として開発された薬です。

図3.アデュカヌマブはアルツハイマー病の原因を取り除く作用を持つ

それに対して、アデュカヌマブはアルツハイマー病の原因と考えられる老人斑を、脳から取り除くことを目的として開発された薬です(図3)。そのため、アデュカヌマブは、アルツハイマー病(疾患)の原因に働きかけて進行を抑える(修飾する)薬ということで、「疾患修飾薬」と呼ばれています。これは、これまでにはなかった、新しいタイプのアルツハイマー病の薬です。では、アデュカヌマブは具体的にどういう薬なのでしょうか?アデュカヌマブを英語で書くと、Aducanumabでしたね。この最後の3文字のmabは、モノクローナル抗体(monoclonal antibody)を意味します。モノクローナル抗体とは、たんぱく質の特定のものだけを認識する抗体を意味し、その選択性の高さから様々な疾患の治療薬として応用されています。つまりアデュカヌマブは、老人斑を認識してくっつく抗体医薬です(図3)。抗体がくっつくことで、アミロイド斑は脳の中で分解されやすくなると考えられています。一般的に抗体医薬は非常に高価な薬で、アデュカヌマブを使った1年間の治療には、およそ600万円かかるとも言われています。

 

アミロイドβを標的とした抗体医薬が開発されるまで

ではどのような経緯で、アミロイドβに対する抗体医薬は開発されることになったのでしょうか?今(2022年現在)から遡ること23年前の1999年、米国の研究グループが、アミロイドβに対する抗体を体の中でつくらせることで、脳の中に溜まったアミロイドβを取り除くことができることを、動物モデルを使った実験で証明し、世界の脳科学者に大きなインパクトを与えました(文献1)。

この発見を受けて、患者さんの体内でもアミロイドβの抗体を作らせれば、アルツハイマー病を治療できるのではないかという期待が膨らみ、ワクチン接種による能動免疫療法の臨床試験が開始されました。しかし、ワクチン療法を受けた数%の患者さんで、髄膜(脳を覆っている膜)に炎症が起こる重大な副作用がみられたため、臨床試験は中止になりました。

そこで次に考えられたのが、体内で抗体を作らせる代わりに、アミロイドβに反応するモノクローナル抗体を研究室で調製してそれを体内に投与する、抗体医薬による受動免疫療法です。これまで世界中の製薬企業が競い合って様々な種類の抗体を開発し、ヒトでも臨床試験を行ってきました。臨床試験は長らく失敗が続きましたが、今回ニュースになったアデュカヌマブは、ようやく成功の可能性が示されたとの報告がなされました。日常診療で安心して使える薬となるには、さらなる研究が必要ですが、アルツハイマー病に苦しむ人や家族に大きな希望を与えたことは間違いありません。アルツハイマー病の治療薬の開発には、大きな期待が集まっています。次回は、アデュカヌマブの臨床試験について詳しくお話しします。(つづく)

 

文献1

 

研究関連