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No.7 人生の予定表の最後のページ

 「人間の死亡率は100%」…これは誰が最初に言い出したことなのかわからないのですが、「死」を扱う学問領域の研究者がしばしば引き合いに出す「統計」です(筆者はアルフォンス・デーケン先生の講演会で、20年程前に初めて耳にしました)。これは、例えば「初詣に行ったことがある人は91.6%」1)といった数値と比べても、明らかに高率です。…とはいえ、この数値と「人間の死亡率」では、大きく異なる点があります。それは、現在生きている人に限定すると「死亡したことがある人は0%」、つまり自分自身の死は必ず「未知なる領域」であるということです。それでは未知なる「死」に関して、人間はどのように考え、感じているのでしょうか。

 

 

 「死=縁起の悪いもの、恐ろしいもの」という「一般的」なイメージを思い浮かべられる方もいらっしゃるかもしれませんが、NILS-LSAの調査で「自分自身の死」に関しては、40歳代でも「どちらかといえば恐ろしいとは感じていない」ことが明らかになりました(図1)。そしてその「恐ろしいと思わない」傾向は70歳あたりまで次第に進んでいき、70歳代半ば以降でようやく下げ止まりとなるようです。つまり、一般的に死が近くなると思われる高齢の人の方がむしろ、死を恐れる気持ちは弱いのです。

 

 

 

 それでは、死を恐れる気持ちの弱まりとともに、中・高年の方は静かに死を待つだけの日々を送っているのか…というと、決してそうではありません。図2は「状況の困難さにかかわらず、最期まで精一杯生きよう」という気持ちの強さを表したものです。平均的には40歳代でもかなりこの気持ちが強いのですが、年齢が高い人ほど、より強く「精一杯生きよう」という気持ちを持ち続けているのです。

 

  おそらくこういった「死」に対する考え方・感じ方は、単に歳を重ねることにより自然に変化するというわけではなく、例えば祖父母や親との死別を体験した際、自分や身近な家族・友人が大病を患った際、あるいは国内外で大きな事故や災害があった際などに、「おじいちゃんみたいに、子どもや孫に囲まれて大往生するのは幸せだな」とか「お兄ちゃんの遣り残した分まで、自分ががんばって生きよう」など、「生きること」や「死ぬこと」について少しずつ思いをめぐらせ、徐々に変化していくものであると推測されます。誰しも人生の中では、運動会、受験、就職、結婚式、旅行、お正月、忘年会…など、様々なイベントを予定し、そのための準備・手配・心構えを繰り返し行っているものです。近年では「終活」という言葉を見かけるようになりましたが、人間に「必ず」予定されているイベントとしての「死」にも、時折目を向け、準備をしていくことが必要といえるかもしれません。その準備と並行して、人生を謳歌することや、目標達成に向けて日々の努力を積み重ねていくことも、十分可能なのです。

 

 


「死」も人生の一つのイベントとして予定しておきましょう

 

1)西 久美子 “宗教的なもの”にひかれる日本人~ISSP国際比較調査(宗教)から~ 放送研究と調査 2009年5月号.

 

<コラム担当:CT>

 

 

*このコラムは、以下の研究成果をもとに作成いたしました*
丹下智香子,西田裕紀子,富田真紀子,大塚礼,下方浩史:成人中・後期における「死に対する態度」の縦断的検討.発達心理学研究,27,232-242,2016.

 

 

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